就業規則届出に必要な労働者代表の意見聴取。形骸化していませんか
<三谷社会保険労務士事務所 所長 三谷 文夫/PSR会員>
就業規則を作成、変更した場合に必要な労働者代表への意見聴取。一番多いのが、「特に意見はありません」。本当に意見はないのでしょうか。
事業主や担当者は「意見がなくてよかった」と思っていませんか。もしかしたら従業員との対話が機能不全に陥っている不健全な組織になりかかっているかもしれません。就業規則の届出プロセスが形骸化していると感じているならば、この機会に実質的なものに変えていきましょう。
就業規則の届出に必要な労働者代表の意見
事業所は、就業規則を作成あるいは変更したら労働基準監督署へ届け出る必要があります(労働基準法第89条)。その際、事業所で労働者を代表する者の意見書を添付しなければなりません(同第90条)。
この労働者を代表する者とは、労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては労働者の過半数を代表する者のことです。
そして、この意見書ですが、様式はどのようなものでも構いません。厚労省のHPからも次のような意見書の参考様式をダウンロードすることができます。
出典:厚生労働省HP主要様式ダウンロードコーナー/労働基準法関係主要様式/「就業規則(変更)届」を一部改変
反対意見があっても内容を変更する必要はない
意見書には、事業所が作成(変更)した就業規則に対する労働者代表の意見を記載します。
ちなみに、これまで私が見た意見には、「パートもこの規則が適用されますか」「○○ページには誤字があります」「忌引休暇はもう少し日数がほしいです」「住宅手当は全員に支給されるのですか」等がありました。
しかしながら、一番多い意見は、「特に意見はありません」です。意見がなければ「意見無し」でも問題ありません。労働者代表にはその旨を記載してもらい意見書とします。
また、就業規則の届出には意見をもらうことまでが法的に要求されており、事業所はその意見に従う必要はありません。例えば、先ほどの「忌引休暇の日数を増やしてほしい」との意見について、忌引休暇を増やさないと就業規則の届出ができないわけではありません。同様に、「就業規則の変更自体に反対です」との意見があっても、その意見をそのまま記載して届け出ることで法的な手続きは完了します。
意見には「配慮」する
このように、就業規則に反対意見があっても、事業所としてはそのまま押し通すことはできるのですが、私は、意見が出てきた場合にはその内容には配慮することを勧めています。
なぜなら、その意見は従業員の多数意見であることが多いからです。労働者代表も多数意見を無視されたとあっては、従業員に顔が立たないでしょう。そのような人間関係や意見の重みを考慮すると、事業所としてもその意見を前向きにとらえるべきだと考えます。
とは言っても、事業所にはできることとできないことがありますので、具体的な意見が出てきた場合には、労使の話し合いの機会を一度は持つとよいでしょう。
「特に意見はありません」から見えてくる労務的な課題
ある工場で、就業規則の変更について、「特に意見がありません」との記載がある意見書が提出されてきました。私は、意見がない理由を労働者代表であるAさんに尋ねたことがあります。Aさんは、「就業規則の内容自体がよく分からない」とのこと。この答えからは2つの課題が見えてきます。
① 事業所が、就業規則の変更内容をAさん(あるいは従業員)にしっかり説明していないこと。
② Aさんに労働者の代表としての認識がない、あるいは薄いこと。
特に、②については多くの中小零細の事業所で課題となっているのではないでしょうか。というのも労働組合の代表であれば別ですが、一般的に、労働者代表といっても、その役割や責任を認識している人はごく少数といっても過言でないからです。Aさんのような方がほとんどでしょう。認識があれば、簡単に「内容が分からない」との一言で意見を述べる権利を放棄することもないはずだからです。
事業所としても、意見が出てこない方が正直面倒なくて良いかもしれません。しかし、それは健全な組織といえないでしょう。最終的には事業所は意見書を無視した就業規則の届出はできるのです。そうであれば、なおさら届出までの対話を通したプロセスを重視する必要があります。
したがって、就業規則の作成変更の際は、労働者代表の役割をしっかり認識してもらった上で就業規則の内容を理解してもらう努力を事業所は行ないましょう。
私は、就業規則に対する労働者代表への意見聴取は健全な組織づくりに大切なプロセスだと考えているのですが、多くの事業所ではどうも形骸化しているように感じてなりません。どうせやるべきものなら実質を伴うものにしていきましょう。
まとめ
- 就業規則の届出には、労働者代表の意見書の添付が必要。
- 事業所は意見に従う必要はないが、配慮はした方がよい。
- 意見聴取を形骸化させない。実質を伴うものにする。
プロフィール
三谷社会保険労務士事務所 所長
大学卒業後、旅館や書店等で接客や営業の仕事に従事。前職の製造業では、総務担当者として化学工場での労務管理を担う。2013年に社労士事務所開業。労務に留まらない経営者の話し相手になることを重視したコンサルティングと、自身の総務経験を活かしたアドバイスで顧客総務スタッフからの信頼も厚い。就業規則の作成、人事評価制度の構築が得意。商工会議所、自治体、PTA等にて研修や講演多数。大学の非常勤講師としても労働法の講義を担当する。趣味は、喫茶店でコーヒーを飲みながらミステリ小説を読むこと。