「休業した労働者の不満を防ぎ、満足をもたらす社会復帰のために必要な施策とは
<榎本・藤本・安藤総合法律事務所 弁護士・中小企業診断士 佐久間 大輔>
労働者が精神障害を発病して休業したことが業務上の疾病と認定されると、労働者災害補償保険法に基づき、療養補償給付や休業補償給付が支給される。
業務による心理的負荷の態様、治療経過や労働者の性格傾向などの諸事情により、精神症状が遷延し、職場復帰まで長期間を要する、
またはそもそも社会復帰ができないというケースは珍しくない。
この問題を解消することが、一企業にとどまらず、社会全体の損失を縮減するのにも有用だろう。
休業補償給付と障害補償給付の内容
精神障害を発病した労働者の休業が長引く要因は種々考えられるが、その一つとして、休業補償給付と障害補償給付との差が大きく、労働者が経済的基盤を失うことに対する不安が挙げられる。
休業補償給付は、休業の初日を含む3日目までは待期期間となり、4日目以降の療養による休業期間において支給される、休業1日につき給付基礎日額(災害前3か月間の賃金総額をその期間の総日数で除した金額)の60%に相当する保険給付である。
これに社会復帰促進等事業として給付基礎日額の20%に相当する休業特別支給金が付加される。
要は、賞与を除き、月給の80%相当額が非課税で支給されるのだ。
これに対し、障害補償給付は、業務災害による傷病が治ゆ(治療効果が期待できなくなり、症状が固定した状態)したとき、身体に障害が残存した場合に、給付基礎日額に、14の等級に応じた支給日数を乗じた金額が、年金(1~7級)または一時金(8~14級)として支給される。
非器質性精神障害の場合、後遺障害に該当しないと認定されることもあり、該当するとしても、通常の労務に服することができることを前提とした次の3等級のいずれかが認定され、一時金で支給が終わる。
・9級(就労可能な職種が相当な程度に制限されるもの)
・12級(多少の障害を残すもの)
・14級(軽微な障害を残すもの)
最も等級が低い14級を例に見ると、次に掲げる判断項目のうち、1つ以上について時に助言・援助が必要と判断されることが要件となる。
そうすると、14級に認定されるケースは少なくないのではなかろうか。
①身辺日常生活
②仕事・生活に積極性・関心を持つこと
③通勤・勤務時間の遵守
④普通に作業を持続すること
⑤他人との意思伝達
⑥対人関係・協調性
⑦身辺の安全保持、危機の回避
⑧困難・失敗への対応
社会復帰促進等事業として、賞与分の特別一時金、定額の特別支給金が支給され、等級が上がるほど支給日数や金額が増えるのだが、14級では、保険給付が給付基礎日額の56日分、特別一時金が算定基礎日額(過去1年間の賞与の合計額を365で除した金額)の56日分、特別支給金が8万円である。
仮に給付基礎日額を1万円、算定基礎日額を3,000円とした場合、14級の具体的な補償額は808,000円にとどまり、給付基礎日額を1万円とした場合の約100日分にすぎない。
動機づけ要因と衛生要因からの二面的な施策
このような休業補償給付と障害補償給付の差ゆえであるのか、休業した労働者が、休業補償給付を長く受給できるよう、労働基準監督署や主治医に対して療養が必要であると主張するケースが散見される。
一部には、社会復帰に向けた準備をせず、またはこれを拒否して、受給期間を引き延ばしているかのような者もいる。
その理由を、モチベーション理論の一つである二要因理論(注)からみると、休業補償給付が打ち切られることは「衛生要因」(不満をもたらす要因)となり得ると考えられる。
他方、使用者側を見てみると、労災保険料は使用者が全額拠出するものでありながら、労働者が離職した場合、2回目以降の休業補償給付支給請求書に事業主証明が不要となるため、休業期間の長期化や社会復帰の不能について関心が低いようにも思われる。
もちろん治療効果が期待できるにもかかわらず、これを安易に打ち切るべきではない。
しかし、療養開始から一定の期間(半年~1年、長くても2~3年)が経過し、精神症状が軽快して労働能力が回復しつつあるのであれば、補償による課題解決だけでなく、社会復帰を目的とした課題設定をすることが検討されるべきだ。
そこで、休業者の経済的な不安や不満を払拭するため、休業補償給付と障害補償給付の差を縮小し、段階的に休業補償給付の額を減じる、減額分に相当する別の給付を社会復帰促進等支援事業として支給する、雇用保険の教育訓練給付制度を活用する、または使用者が補填額を拠出することが政策上考えられる。
法令の改正を伴うものもあり、実現にはハードルが高いが、休業補償給付の打切に対する不安や不満を防止することが必要となる。
しかし、これだけでは休業者の積極的態度を引き出すには効果があるとはいえない。
いくら「衛生要因」を防止しても、満足をもたらさないからである。
そのため、あるべき姿(社会復帰)と現状(休業)のギャップ(=課題)を解消し、休業者の「動機づけ要因」(満足をもたらす要因)を高めるため、支援者が課題設定時より、リワーク、ボランティア活動、軽易な労務などの社会復帰に向けた活動について、段階的・計画的・継続的に伴走支援をすることが重要となるのである。
すなわち、補償の段階的な引き下げにより、休業者に社会復帰へ目を向けさせることと同時に、休業者の満足をもたらし、積極的な態度を引き出す動機づけをする施策も必要となるのだ。
この「衛生要因」の防止と「動機づけ要因」の向上という両輪が円滑に回転することが、休業者のあるべき姿を実現する鍵になるといえよう。
(注)
二要因理論(動機づけ=衛生理論):アメリカの臨床心理学者フレデリック・ハーズバーグが提唱したモチベーション理論であり、衛生要因と動機づけ要因との違いを分析している。
衛生要因は、職務不満を防止できるが、労働者の積極的態度を引き出すには効果がない要因であり、例として、給与、労働条件、人間関係、作業環境、会社の方針、上司の監督がある。
一方、動機づけ要因は、労働者の積極的態度を引き出す要因であり、例として、達成感、承認、仕事そのもの、仕事への責任、昇進がある。
プロフィール
佐久間 大輔
榎本・藤本・安藤総合法律事務所 弁護士・中小企業診断士
1993年中央大学法学部卒業。1997年東京弁護士会登録。2022年中小企業診断士登録。2024年榎本・藤本・安藤総合法律事務所参画。近年はメンタルヘルス対策やハラスメント対策など予防法務に注力している。日本産業保健法学会所属。
著書は『管理監督者・人事労務担当者・産業医のための労働災害リスクマネジメントの実務』(日本法令)、『過労死時代に求められる信頼構築型の企業経営と健康な働き方』(労働開発研究会)など多数。
DVD「カスタマー・ハラスメントから企業と従業員を守る!~顧客からクレームを受けたときの適切な対応とは~」、「パワハラ発生!そのとき人事担当者はどう対処する?-パワーハラスメントにおけるリスクマネジメント」も好評発売中。
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