【専門家の知恵】コロナワクチン接種と労務トラブル防止のための基礎知識

公開日:2021年7月13日

コロナワクチン接種と労務トラブル防止のための基礎知識

<出岡社会保険労務士事務所 出岡 健太郎/PSR会員>

「ワクチン接種しないなら退職届を出せ」と言われた

接種をしないと個人名が社内で公表される

接種拒否を表明したら無視されるようになった

「接種拒否だなんて‟人殺し”同然だな」などといった暴言を受けた……等等

 今、我が国の一部職場ではこうした言動が頻発している。ワクチンの接種が進んでいるアメリカでは接種拒否者の解雇無効を争う事例も出てきており、早晩日本でも同様の紛争が起こるだろう。今後、ワクチン接種対象者が64歳以下にも広がっていくにつれて、こうしたトラブルが発生するリスクは全ての職場で高まっていくことになる。そしてその対応を誤ると企業は大きなダメージ、不利益を受けることになるだろう。この先、むざむざ自社でワクチントラブルを発生させないために、最低限押さえておきたい基礎知識を確認してみよう。

 

①ワクチン接種の法的位置づけ

 このコラムを書いている令和3年5月末時点におけるコロナワクチン接種の法的な位置づけは次の通りである。

 市町村長が勧奨し、対象者は受けるように努める(予防接種法8条、9条)
 このことから次の2点が読み取れる。
 ・ワクチン接種は努力義務
 ・企業が云々する余地はない
 政府の「新型コロナウイルス感染症対策の基本的対処方針」にも、『予防接種は最終的には個人の判断で接種されるもの』と明記されている。つまり、決して企業が指示や命令をすることができるものではない(接種を勧奨する「接種勧奨」は問題ないと考えられる)。まずはこの大原則を押さえておきたい。

 

②ワクチン接種とパワハラ防止義務

 昨年(令和2年)6月1日から、パワハラ防止措置が企業の義務となったことは周知のとおりである(中小企業は令和4年4月1日から義務化。それまでは努力義務)。このこともワクチン接種と大きく関係してくる。前述の通り、企業がワクチン接種を勧奨すること自体は問題がないものの、これが行き過ぎると「精神的な攻撃」「人間関係からの引き離し」「過大な要求」「個の侵害」などのパワハラ類型に該当してしまう恐れがある。例えば冒頭の事例などはいずれもその可能性が高いだろう。接種勧奨の際にはこれらの点に留意し、執拗に勧奨したり威圧的になったりしないように気をつけたい。

 

③ワクチン接種と安全配慮義務

 ワクチンを接種することができない方や、注意が必要な方がいるということも知っておかなければならない。厚生労働省のサイト「新型コロナワクチンQ&A」によると、次のような方々である(一部を簡略化して掲載。詳しくは同サイト参照)。

<ワクチン接種ができない方> 

・明らかに発熱している(通常37.5℃以上)
・重い急性疾患にかかっている
・ワクチンの成分に対し、アナフィラキシーなど重度の過敏症の既往歴がある
・このほか予防接種を受けることが不適切な状態にある 

  <ワクチン接種に注意が必要な方>

・過去に免疫不全の診断を受けた
・近親者に先天性免疫不全の方がいる
・心臓、腎臓、肝臓、血液疾患や発育障害などの基礎疾患がある
・過去予防接種を受けて2日以内に発熱や全身性の発疹などのアレルギーが疑われる症状が出たことがある
・過去にけいれんを起こしたことがある  他

 なお、持病をお持ちの方も避けた方がよい場合が考えられるので医師への相談が推奨されている。妊娠中、授乳中、妊娠計画中の方についても気になるところであるが、この場合は基本的にはワクチン接種できるとされている。
 企業側のリスクとしては、接種ができない方や注意が必要な方に対して接種勧奨を行い、その結果として健康障害等が発生した場合に安全配慮義務違反としてその責任が問われる可能性が考えられる(労働契約法5条)。接種勧奨を行う際にはこうした個別の健康状態にも配慮が求められる。

 

④ワクチン接種と不利益取扱い

 ワクチン接種を拒否したことを理由とする解雇や懲戒等の処分については、現時点(令和3年5月末)においては権利の濫用として無効となる可能性が極めて高いと思われる(労働契約法15条、16条)。内閣官房長官も会見で『接種の有無で不利益な取扱いを受けることは適切でない』と発言しており、企業としては冷静に対応したい。くれぐれも感情的になって突っ走ってしまうことのないように肝に銘じておきたいところである。


「企業は個人のワクチン接種に勧奨できても干渉できない」

 以上①~④を一言でまとめると、そのようにも言えるだろう。とは言え、接種することが望ましいことは間違いなく、企業としては安全安心な職場環境の整備という観点からもぜひ接種をしてほしい所である。そこで、各社が競い合うように「特別休暇制度の導入」や「接種の時間は勤務扱いとする」といった工夫をして接種を促すことがトレンドとなっている。近い将来、接種率の差が業績の差に表れるという可能性も否定できない。接種しやすい環境づくりや接種したくなる仕掛けづくりが今後の労務管理の重要なテーマになっていきそうである。 

 

プロフィール

社会保険労務士 出岡 健太郎
出岡社会保険労務士事務所(http://izuoka.net
 
主に介護事業者様を中心に、広島で社会保険労務士としてよりよい事業所作りのお手伝いをさせて頂いております。元気に日々奮闘中です!

 

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