働き方改革関連法に盛り込まれた、事業者が講じるべき健康情報保護措置とは
<つまこい法律事務所・弁護士 佐久間 大輔>
改正労働安全衛生法が2019年4月1日に施行される。注目すべきは、労働時間状況把握義務の新設と、長時間労働者の面接指導制度の要件緩和だが、「健康情報保護に関する条項」が新設されていることも見落としてはならない。これに伴い、厚生労働省が指針を発出しているので、今回は指針に基づく措置を解説してみたい。合わせて、2年前の改正個人情報保護法の施行によって従業員の健康情報の保護が強化されているが、対策が手つかずという事業者も多いようなので、こちらも踏まえて、取扱いのルールについて述べてみる。
◆個人情報保護法に基づく健康情報の保護
前述と順番が前後するが、まずは個人情報保護法に基づく健康情報の保護について触れていこう。
2017年5月30日に施行された改正個人情報保護法では、“事業の用に供(きょう)している個人情報”によって識別される特定の個人の数の合計が、過去6ヵ月以内に5,000人以下の事業者であっても、個人情報取扱事業者として同法上の義務を負うことになった。
個人の権利利益を害するおそれが少ない情報は適用除外とされているので、単に連絡目的で名簿を作成したという程度であれば、個人情報取扱事業者にならないが、連絡目的に限定されている個人情報しか保有していないという企業はほぼ存在しないだろう。
そうすると、中小企業であっても、個人事業主である嘱託産業医であっても、事業規模に関わらず、同法が適用除外とはならなくなった。
個人情報保護法の適用により、事業活動において、従業員や顧客・取引先等の個人情報を取得すると、その利用目的を特定して従業員等に通知しなければならない。要するに、必ず情報漏洩を防止するための安全管理措置を講じなければならないというわけだ。
また、第三者(例:従業員と面接する医師)に、従業員等の個人情報を提供するのであれば、本人から同意を得る必要がある。企業が他の組織(例:健康保険組合)と個人情報を共同利用するのであれば、その項目や利用目的等を従業員等に通知することが必要だ。
さらに突っ込んで述べておくと、改正個人情報保護法のうち、注目すべき改正点は、「要配慮個人情報」という概念の新設である。
要配慮個人情報とは、個人情報によって識別される特定の個人の、人種、信条、社会的身分、病歴および犯罪歴など本人に対する不当な差別、偏見その他の不利益が生じないように、その取扱いに特に配慮を要する個人情報のことだ。要配慮個人情報を取得する際には、原則として本人の同意を得なければならない。
従業員の健康情報には、病歴だけでなく、健康診断、健康測定やストレスチェックの結果、面接指導や保健指導を受けた事実・内容などもあり、これらは「要配慮個人情報」に該当する。
個人情報取扱事業者である企業や、嘱託産業医は、就業上の配慮を行い、使用者の安全配慮義務を履行するために利用するとの目的を特定した上で、原則として、従業員本人から心身の状態に関する情報を直接取得することが必要なのである。
◆労働安全衛生法に基づく健康情報の保護
次にいよいよ本稿の主題である、労働安全衛生法に基づく健康情報の保護について触れていこう。
改正労働安全衛生法104条は、企業に対し、以下の措置を義務づけている。
(1)「労働者の心身の状態に関する情報を収集し、保管し、又は使用するに当たっては、労働者の健康の確保に必要な範囲内で労働者の心身の状態に関する情報を収集し、並びに当該収集の目的の範囲内でこれを保管し、及び使用」すること
(2)「労働者の心身の状態に関する情報を適正に管理するために必要な措置を講じ」ること
すでに改正個人情報保護法が施行されているので、条項自体に目新しさはないが、取締法である労働安全衛生法に規定された以上、これらに違反した場合、同法104条4項に基づき、労働基準監督署による行政指導の対象となる。
同法104条3項に基づき、厚生労働省は、2018年9月7日、「労働者の心身の状態に関する情報の適正な取扱いのための事業者が講ずべき措置に関する指針」を策定している。
この指針では、衛生委員会での審議や労働者からの意見聴取など、労使関与の下で取扱規程を定めることが求めているが、小規模事業者でも例外なく取扱規程を策定することを前提としている。
そこで、健康情報の取扱規程と実際の運用に当たって、留意すべき点を挙げてみよう。
まず、その管理に当たっては、事業場内に産業医や保健師などの産業保健スタッフがいれば、その者が一元管理することだ。医療職がいなければ、衛生管理者(衛生推進者)を置くなど、健康情報を取り扱う者を限定し、就業規則や労働契約書において守秘義務を課すことが肝要である。
従業員に就業上の配慮をする際には、職場の上司に健康情報を提供することが必要となるが、その場合も本人に説明をして同意を得るだけでなく、健康情報を提供することにより本人に不利益が生じないようにしたほうがよい。
たとえ本人の同意が得られても、病名や治療内容をそのまま伝えるのではなく、誤解や偏見が生じないよう、具体的な配慮事項に絞った形で提供することが必要だ。ただし、重大時や緊急時に本人の同意を得ることが困難である場合は、必要最小限の健康情報を、必要最小限の関係者に提供することになる。
このように全ての企業が、個人情報保護法および労働安全衛生法に基づき、健康情報の取り扱いに関する措置を講じる義務が生じることを認識し、必要な対策を実施して欲しい。
プロフィール
弁護士 佐久間 大輔
労災・過労死事件を中心に、労働事件、一般民事事件を扱う。近年は、メンタルヘルス対策やハラスメント防止対策などの予防にも注力しており、社会保険労務士会の支部や自主研究会で講演の依頼を受けている。日本労働法学会・日本産業ストレス学会所属。著作は、「過労死時代に求められる信頼構築型の企業経営と健康な働き方」(労働開発研究会、2014年)、「長時間労働対策の実務 いま取り組むべき働き方改革へのアプローチ」(共著、労務行政、2017年)など多数。