<出岡社会保険労務士事務所 出岡 健太郎/PSR会員>
令和2年9月1日、労働者災害補償保険(以下「労災保険」)の大きな制度改正が行われた。これにより、副業労働者の労災による休業時の給付額の算定ルールが大きく変わった。具体例を示すと次のとおりである。
《A社収入30万円/月、B社収入5万円/月、B社で被災のケース》
改正前:被災したB社の5万円を基に給付額を算定(5万円の8割相当額補償)
改正後:両社合わせた35万円を基に給付額を算定(35万円の8割相当額補償)
すべての勤務先の収入を合算することになり、副業労働者の副業リスクが大幅に改善された。しかしその一方で、実際の申請手続きの現場では様々なトラブルも発生しているようだ。実際のトラブル事例などを基にその予防策を考えてみたい。
まずは「休業(補償)給付」の確認
まず、労災保険の休業(補償)給付について簡単に確認をしておく。休業(補償)給付は、業務災害や通勤災害で働けなくなり、賃金を受け取れなくなった場合に労災保険が収入の8割相当額を補償してくれるというものである。業務災害の場合は「休業補償給付」、通勤災害の場合は「休業給付」と呼ぶ。いざというときの労働者の心強い味方である。
ポイント2:手続きはとっても簡単
トラブル事例① 「よく分からないから自分で手続きして」
そんな労働者の強い味方である制度であるが、会社の担当者の方が改正後の制度内容についてよく分かっていないため、自分で手続きをするように伝えたり、被災した会社だけで手続きをするよう求めたりして手続きが難航するケースがあるようだ。これに対して政府は『複数事業労働者への労災保険給付 わかりやすい解説』というパンフレットを作成していて、厚生労働省のサイトからダウンロードできるようになっている。制度説明から手続きの流れ、書類の記載例などがていねいに紹介されていて、タイトル通り本当にわかりやすい一冊となっている。事務担当者の方はぜひご参考にしていただきたい。
トラブル事例② 内緒の副業先で被災して本業の会社が協力拒否
本業の会社に内緒で副業していたAさん。副業先で転倒し大けがをして、おそるおそる本業の会社に休業(補償)給付の手続きの話をしたところ……怒りを買って手続きも拒否されてしまった、こんな事例である。本業の会社側の「勝手に副業をしておいて、知ったことか」と怒る気持ちも全く分からないわけでもないが、会社には労災請求手続きに協力する義務があり、拒否はできない(労災保険法施行規則23条)。
また、たとえ内緒で副業をしていたとしても複数事業労働者として労災手続きが可能であるという見解を厚生労働省も出している(厚生労働省「副業・兼業の促進に関するガイドライン」Q&A 3-1)。内緒で副業していた事については、場合によっては懲戒等何らかのペナルティが発生する余地はあるとしても、それはそれとして労災手続きは別問題として粛々と協力するべきであろう。労働者側の立場としてはこうしたトラブルを防ぐためにも事前に就業規則等を確認し、副業について申請や許可が必要な場合は職場のルールに従って適切に届出るようにしておきたい。
トラブル事例③ リハビリ勤務時の罠
休業明けに通院を続けながら少しずつ復帰させるいわゆる「リハビリ勤務」の制度を導入している会社も多いだろう。このような場合も一部労働不能として休業(補償)給付を受けることができるケースがある。
しかし副業労働者のケースは少し注意が必要かもしれない。ある事例では、本業の会社でリハビリ勤務期間中に副業先の会社でも少しずつ勤務を開始していたため、本業と副業を合わせた勤務状況から労務不能状態と認められず、休業(補償)給付の申請が却下されたということがあった。異なる会社同士で勤務状況を共有することはなかなか難しいかもしれないが、労働者本人を通じて、本業と副業の全体の勤務状況もそれぞれの会社で把握するようにしておきたいところである。これは安全配慮義務(労働契約法5条)の観点からも重要なポイントと言える。厚生労働省も次のような見解を示している。『副業・兼業の場合には、副業・兼業を行う労働者を使用する全ての使用者が安全配慮義務を負う』(厚生労働省「副業・兼業の促進に関するガイドライン」)
ポイント2:これからの労働者観について
副業促進の動きは今後ますます活発になっていく気配である。それに伴い、従来は労働者は自社固有の財産であったかもしれないが、これからは複数の会社の共有財産となっていくのかもしれない。副業労働者の労災対応はそんな時代の企業の必須スキルの一つといえそうである。労働者の立場に立った、真摯な対応をしていきたいものである。
プロフィール
出岡社会保険労務士事務所(http://izuoka.net)
主に介護事業者様を中心に、広島で社会保険労務士としてよりよい事業所作りのお手伝いをさせて頂いております。元気に日々奮闘中です!