<ごとう人事労務事務所 後藤和之/PSR会員>
厚生労働省指針が示すパワハラ6類型の1つに、隔離・仲間外し・無視といった「人間関係の切り離し」があります。突発的なものではなく、日々の人間関係の積み重ねにより生じてしまうこのようなパワハラはなぜ起こってしまうのでしょうか。今回は、1つのキーワードから「人間関係の切り離し」が起こりやすい職場環境を考え、予防するためのポイントをご紹介します。
パワハラ「人間関係からの切り離し」のキーワード‘’相対的‘’
『基準に達していないこと』と『相対的なこと』
例えば、「仕事ができないと感じる部下がいる」と上司が思った時、その要因は、大きく2つの類型に分けられると考えます。
1つ目は『基準に達していないこと』です。
例えば「提出期限を守らない」「パソコンができる人材を募集したのに、実際はパソコンができない」「絶対的に身に着けなければいけない技術が未熟である」などです。明確な基準となるべきことがあるにも関わらず、それに達していないことです。
2つ目は『相対的なこと』です。
つまり、自分自身や他者、一般的な基準と比較して「仕事ができない」と判断することです。
『相対的なこと』を問題と捉える弊害
『基準に達していないこと』は問題がはっきりしています。改善されるかどうかは別として、少なくとも改善策は絞りやすいと思います。
しかし『相対的なこと』は改善策が絞りにくいと思います。 例えば、部下5人の中で「最も仕事ができないと感じた部下」がいたとします。その部下を問題と捉えた場合に、「2番目に仕事ができない部下」と同じ水準に達すれば良いというわけでもないでしょう。つまり、部下が5人いるという事実があれば、「誰かが必ず最も仕事ができない部下になる」ということです。
従業員が「最も低い評価は受けたくない」と思うこと。それがパワハラにつながる。
「最も低い評価を受けるのは誰か」というのは、仕事の能力が低い場合が多いかもしれませんが、必ずしもそうであるとは限りません。例えば、仕事の能力が高くても、上司に反抗的な姿勢を示す部下がいれば、その部下が最も低い評価となることもあります。つまり、何が低い評価であるかは、上司や従業員全体の考えによって左右されるでしょう。
もし、そのような相対的に問題を捉える職場風土が醸成されているのであれば、従業員誰もが「最も低い評価は受けたくない」という気持ちが生まれるでしょう。そして、従業員自身に故意がなくても、自ずと特定の人に厳しく接したり、その人を避けたりするようなことが生まれていきます。その深刻化した結果が、隔離・仲間外し・無視といった「人間関係からの切り離し」につながります。
パワハラ「人間関係からの切り離し」を起こさないためのポイント
~ポイント①~『相対的なこと』であれば、指導は慎重に
まず「仕事ができないと感じる部下」がいると思った時、それが『基準に達していないこと』なのか、もしくは『相対的なこと』なのかを分析し、慎重に指導を行いましょう。『基準に達していないこと』であれば、必要な指導を行い、解決できないのであれば、会社の対応に委ねましょう。会社の経営にも大きな影響を及ぼすからです。
しかし、『相対的なこと』であれば一度立ち止まって、本当に強い指導が必要かを考えてみましょう。例えば「5人の中で最も仕事ができないと感じる部下」が、同僚がすべて異動により入れ変わったことで、結果的に「5人の中で最も仕事ができる部下」という立場になったとき、5人の部下全員に強い指導を行うことが必要かということです。
部下全員に強い指導を行うような状況であれば、それは本当に必要な指導かもしれませが、多くの場合は5人全員には強い指導は行わないでしょう。なぜなら、『相対的なこと』であれば、すぐに会社の経営に大きな影響を及ぼすことは少ないからです。すべての従業員に強い指導を行い、すべての従業員のモチベーションを下げることの方が、会社の経営に大きな影響を及ぼすことになりますので、今まで「頼りにならない部下」でも、状況が変わり一転して「頼りになる部下」になってもらわないと上司が困ることになります。
そのように考えれば「仕事ができないと感じる部下」がいても、それを『相対的なこと』と捉えることができれば、普段のイライラが少し解消できるのではないでしょうか。
~ポイント②~日常の場面では、「相対的」ではなく「個性」として捉える
パワハラを避けるためには、日常の場面では「相対的」に物事を捉えないことです。そのような職場環境では、従業員はすべての面において平均点以上を目指すことになり、結果として平均点以上の人もいれば、平均点以下の人もいますので、パワハラにもつながる相対的に問題を捉える職場風土からは抜け出すことができません。
大事なことは、従業員一人ひとりの「個性」を伸ばすことです。仕事の能力が低くても、職場の雰囲気を明るくするムードメーカーかもしれません。上司に反抗的な姿勢を示しても、それは真正面に仕事に取り組んでいる裏返しかもしれません。日常の場面では、従業員を相対的に捉えるのではなく、会社の生産性を上げるため、一人ひとりの従業員の「個性」を最大限活用する意識を大切にしましょう。
~ポイント③~必要な場面では、「相対的に評価が高い人」へスポットを当てる
一方で、必要な場面においては「相対的」に物事を捉えることが必要です。例えば、昇進や昇給の仕組みが不明瞭であれば、「相対的に評価が高い人」へスポットを当てる場面が限られます。それが満たされないことにより、結果的に「相対的に評価が低い人」に意識が向けられ「人間関係からの切り離し」といったパワハラにつながります。
他の従業員よりも、会社へ大きな貢献をしている従業員がいれば、処遇面などにおいて差が出る仕組みが必要です。そのためには、会社としての人事評価制度を構築し、上司は人事考課を行うような特別な場面では、従業員を「相対的」に捉えていきましょう。
プロフィール
ごとう人事労務事務所(https://gtjrj-hp.com)
社会福祉士・社会保険労務士 後藤和之
昭和51年生まれ。日本社会事業大学専門職大学院福祉マネジメント研究科卒業。
約20年にわたり社会福祉に関わる相談援助などの様々な業務に携わり、特に福祉専門職への研修・組織内OFF-JTの研修企画などを通じた人材育成業務を数多く経験してきた。現在は厚生労働省委託事業による中小企業の労務管理に関する相談・改善策提案などを中心に活動している。