<いろどり社会保険労務士事務所 代表 内川 真彩美/PSR会員>
2023年3月31日で、中小事業主に対する月60時間超の法定時間外労働の割増賃金率の引き上げ猶予が終了します。人件費の増加に繋がるため、今からきちんと理解しておきたいところです。社内制度を変更することは当然ですが、これを機に、時間外労働を削減する取り組みを始める企業も多くあります。
2023年4月に何が変わるのか
まず、現在の労働基準法では法定時間外労働に対し、割増賃金の率は以下のように定められています。
・月60時間以内の時間外労働: 25%以上
・月60時間超の時間外労働 : 50%以上
元々、月60時間超の法定時間外労働の割増賃金率は25%以上と定められていましたが、2010年4月より50%以上へと引き上げられました。しかし中小事業主に対しては、この引き上げが2023年3月31日まで猶予されています。つまり、2023年4月1日からは、月60時間を超える法定時間外労働に対しては、すべての事業主で50%以上の割増賃金の支払いが必要になることを意味します。
また、労使協定を締結した上で労働者の希望があった場合には、引き上げた25%の支払に代えて有給の休暇を与えることも可能です。これを、代替休暇と呼びます。
既に対応済みの事業主は追加で行うべきことはありませんが、まだ引き上げ対応をしていない事業主は、給与計算方法の変更対応、代替休暇の導入や運用の検討、就業規則や賃金規程等の改定、といったことが必要になります。
なお、1か月60時間を超える法定時間外労働をさせるためには、当然、特別条項付きの36協定が締結、届出されていることが前提ですので、その点はきちんと確認しておきましょう。
法制度対応に加え、長時間労働を見直す機会に
割増率の引き上げの背景には、長時間労働の削減という意図があります。
長時間労働は、様々な問題を引き起こす要因になります。1番の懸念は、労働者の健康悪化です。事実、WHO(世界保健機関)がILO(国際労働機関)と共同で実施した調査によれば、週55時間以上働いた人と週35~40時間働いた人を比較した結果、55時間以上働いた人では、脳卒中を起こす確率が35%、心臓病で死亡する確率が17%高くなったとされています。また、ペンシルベニア大学での実験では、労働者の睡眠時間が6時間になると、徹夜後と同等の生産性になるとの結果も出ています。長時間労働による心身の疾病が労災や会社への損害賠償に繋がるおそれがあることも、皆さんご存知の通りだと思います。このように、長時間労働が体調不良や生産性低下に繋がり、それが更なる長時間労働を生むという悪循環が起こります。
また、内閣府の調査では、16~29歳に対しての調査で、約6割が「仕事よりも家庭・プライベートを優先する」と回答しており、長時間労働は社員の定着にも悪影響を及ぼします。これを機に、少しずつ改善していくことを推奨します。
改善への最初の一歩は現状の把握と分析
まずは、自社の時間外労働がなぜ発生しているのか、どのように発生しているのかをヒアリングし、分析します。
例えば、以下のような状況を把握します。
・自社の長時間労働は、特定の部門や人に偏って発生しているのか
・長時間労働をしている労働者は、なぜ長時間労働をしているのか
次に、把握した状況を元に、解決に向けた取り組みを考えます。
特定の部門や人に業務が集中しているのであれば、業務内容の見える化に取り組み負荷の均一化をはかったり、採用や異動などの人員計画を立てることが考えられます。
また、他の人が退社しないため帰りにくい労働者が多いのであれば、組織風土を変えていくことが有効かもしれません。
そもそも仕事内容が多いのであれば、効率化できる部分がないか、他の人に任せられるものがないか、業務の棚卸をするのがはじめの一歩になり得ます。
このように、自社の現状がどうなっているかによって、取り得る選択肢が異なります。いずれのケースでも、長時間労働がなぜよくないのか、なぜ改善したいのか、という経営陣の強いメッセージを労働者に伝えていくことが大切です。このようなメッセージは1度出せばよいのではなく、何度も繰り返し伝えていくことで、より労働者に強く伝わるものになります。また、労働者の健康を守るために、退社してから次の出社までに一定時間を設けるという勤務間インターバル制度を導入することも、国は推奨しています。
前半でもお伝えした通り、2023年4月1日からは、1か月60時間超えの法定時間外労働に対する割増賃金率がすべての事業主で50%以上になります。人件費増加を受け入れるだけでも問題ありませんが、これを機に、自社の働き方を見直してみませんか。
プロフィール
いろどり社会保険労務士事務所(https://www.irodori-sr.com/)代表
特定社会保険労務士 内川 真彩美
成蹊大学法学部卒業。大学在学中は、外国人やパートタイマーの労働問題を研究し、卒業以降も、誰もが生き生きと働ける仕組みへの関心を持ち続ける。大学卒業後は約8年半、IT企業にてシステムエンジニアとしてシステム開発に従事。その中で、「自分らしく働くこと」について改めて深く考えさせられ、「働き方」のプロである社会保険労務士を目指し、今に至る。前職での経験を活かし、フレックスタイム制やテレワークといった多様な働き方のための制度設計はもちろん、誰もが個性を発揮できるような組織作りにも積極的に取り組んでいる。