【専門家コラム】会社が給与から天引きするお金の話①給与の支払いに関する基本的なルール

公開日:2024年3月28日

 

会社が給与から天引きするお金の話①

給与の支払いに関する基本的なルール


<三谷社会保険労務士事務所 所長 三谷 文夫/PSR会員>

令和5年4月より給与のデジタル払いが解禁されました。導入している企業はまだまだ少ない状況ではありますが、この話題によって給与に関心を持ち、給与明細を改めてご覧になった方も多いのではないでしょうか。

給与明細には、様々な控除(天引き)項目があり、毎月少なからざる金額が引かれています。そこで、給与控除を中心にそれに関連する内容と実務的な注意点も含め、今回から3回にわたり解説していきます。

 

賃金支払い5原則

給与(賃金)は、労働の対償として意味を持ち、労働者の生活にとって非常に大事なものであることは言うまでもありません。会社の都合によって給与が支払われたり支払われなかったり、あるいは、毎月給与の支払日が変わったりすると労働者の生活は安定したものにはならないでしょう。

そのため、労働基準法(以下、「労基法」)24条は、賃金の支払い方に関して「賃金支払い5原則」を定めています。

具体的には、①通貨で、②労働者に直接、③全額を、④毎月1回以上、⑤一定の期日を定めて支払わなければなりません。

今回のテーマである、給与からの天引きということについては、賃金支払い5原則のうち、③全額払いの原則が関係してきます。

 

全額払いの原則

全額払いの原則とは、簡単に言うと、「労働者が働いた分はきちんと計算して、その対価を全額支払いなさい」ということです。

そんなの当たり前でしょう、と言う話ですが、戦前には給与の一部の支払いを留保することによって労働者が退職できない状況を作る等、強制労働に繋がる運用がなされていた反省です。

ただし、全額払いと言っても、公益性や支払いの簡便性から、法令に別段の定めがある場合又は労使協定がある場合には、例外的に給与から一部控除(天引き)して支払うことが認められています(労基法24条第1項但書)。

 

給与から天引きできるもの

法令上、天引きができるものとしては、所得税、住民税、雇用保険料、健康保険料、厚生年金保険料、介護保険料です。当たり前のように給与から天引きされていますが、これは法令で認められているからです。

また、法令以外には、労使協定がある場合です。労使協定で定めた項目について給与から天引きすることは認められます。例えば、旅行積立金や社宅費などです。

ここで注意する点として、労使協定があれば自動的に天引きができるわけでないということです。なぜなら、労使協定は会社が天引きすることについて全額払いの例外の要件を満たしていることを確認するものにすぎないからです。

よって、従業員各々から旅行積立金等を天引きするためには、別途、天引きすることについて就業規則に記載しておくこと、あるいは、個別の労働者の合意が必要となります。

 

遅刻や欠勤したときの給与控除は適法なの?~ノーワーク・ノーペイ~

全額払いの原則の話をすると、「遅刻したり欠勤した時に基本給からその分を控除しているのですが、これは大丈夫でしょうか」という担当者からの質問を受けることがあります。

これは問題ありません。なぜなら、全額払いの原則が対象となるのは、労働の対償としての給与についてだからです。遅刻や欠勤は、そもそも労働していませんので給与は発生していません。ノーワーク・ノーペイです。

逆に、残業時間について、50分残業したのに「うちの会社は30分単位で処理しているから」という会社のルールで30分に「丸めて」残業代を支払うことは、全額払いの原則に違反することになります。50分の労働の対償としての給与はきちんと支払う必要があるのです。

 

給与計算した際にミスをした!

人間なので誰でもミスはあります。給与計算にミスがあり過分に給与を支給した場合、翌月の給与からその過分を控除することはできるでしょうか。

全額払いの原則からすると、翌月分は全額支払われていいないことになりますが、当月と翌月を合わせると働いた分はきちんと支払われているため、このような処理をすることは認められています。

今回は、賃金の全額払いの原則を中心に解説しました。

次回は、社会保険料の控除について、計算方法をはじめ、天引きタイミングと資格取得・喪失にまつわるトラブル事例なども挙げながら解説していきます。

 

 

プロフィール

社会保険労務士・産業カウンセラー 三谷 文夫
三谷社会保険労務士事務所 所長 

大学卒業後、旅館や書店等で接客や営業の仕事に従事。前職の製造業では、総務担当者として化学工場での労務管理を担う。2013年に社労士事務所開業。労務に留まらない経営者の話し相手になることを重視したコンサルティングと、自身の総務経験を活かしたアドバイスで顧客総務スタッフからの信頼も厚い。就業規則の作成、人事評価制度の構築が得意。商工会議所、自治体、PTA等にて研修や講演多数。大学の非常勤講師としても労働法の講義を担当する。趣味は、喫茶店でコーヒーを飲みながらミステリ小説を読むこと。

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