【専門家の知恵】採用戦略のポイントは「退職者のケア」!? 退職者のケアが必要な理由を考える

公開日:2023年5月31日

<ごとう人事労務事務所 後藤和之/PSR会員>

 

「採用戦略」と「退職者のケア」は、一見すると相反することです。しかし、相反することを掘り下げていけば、現代の労働に関する課題が浮かび上がっていきます。今回は、令和4年度労働経済白書の内容を手掛かりに、「退職者のケア」の必要性を考えていきます。

 

~令和4年度労働経済白書から~ キーワードは「労働移動」

令和4年度「労働経済の分析(労働経済白書)」のサブタイトルは『労働者の主体的なキャリア形成への支援を通じた労働移動の促進に向けた課題』として、「労働移動」を大きく取り上げています。

白書の中では、実質賃金の増加には労働生産性の上昇が重要であること、そして「労働生産性の上昇と労働移動の活発さには正の相関が見られること」が触れられています。日本は、アメリカ、カナダ、スウェーデンなどの諸外国と比較し、労働移動の活発さは低水準となっています。

労働生産性と労働移動について、必ずしも因果関係が存在するわけではありませんが、労働移動が活発であると、企業から企業への技術移転や会社組織の活性化につながり、生産性の向上にも資する可能性があると述べています。

実際に、政府の全世代型社会保障審議会議が令和4年12月16日に取りまとめた報告書の中では、今後、「労働移動円滑化に向けた指針」を官民で策定し、構造的な賃上げにつなげていくことが必要であることが触れられています。

 

~令和4年度労働経済白書から~ 転職に関する実態把握

それでは次に白書に掲載されている、主な調査報告の内容を取り上げます。

入職者に占める「転職入職者の割合は6割程度」

入職者に占める転職入職者の割合をみると、企業規模計では、1991年~2006年にかけてやや上昇した後、6割程度を横ばいに推移。規模が小さいほど入職者に占める転職入職者の割合が高い傾向だが、長期的に、企業規模1,000人以上の企業において上昇傾向がみられ、2020年時点ではいずれの企業規模においても、入職者のうちの半数以上を転職入職者が占める。

転職希望者は「就業者のうち4割程度」

2018年12月時点において、転職希望者は就業者のうち37.6%。転職希望者のうち、転職活動している者は15.2%、2年以内転職者は20.5%。転職希望者のうち、実際に転職活動を行う者や転職を実現する者は1~2割程度。

転職活動へ移行する要因は「仕事の満足度が低い」「ワークライフバランスが悪化」「キャリアの見通しができている」など

「仕事そのものに満足していた」「職場の人間関係に満足していた」など、仕事に対して満足感を感じている場合は、転職希望者や転職活動している者の割合が低い。

「処理しきれないほどの仕事であふれていた」「仕事と家庭の両立ストレスを感じていた」など、仕事に対して負担やストレスを感じている場合は転職希望者の割合が高い。また、「今後のキャリアの見通しが開けていた」場合も高い。

 

なぜ、採用戦略のポイントは「退職者のケア」なのか?

必ずしも、すべての従業員が「終身雇用」を求めているわけではない

白書にもあったように「就業者のうち4割」が転職を希望しています。

少子高齢化・社会構造の変化により、終身雇用などの仕組みが、配偶者や子どもを養うための収入が保障されたり、老後の安定した生活を迎えたりすることが必ずしも安泰になるとは限りません。

今後は、転職活動へ移行する理由にもあったように「ワークライフバランス」「キャリアの見通しができる」などを重要視する傾向がまずます強くなることが考えられます。

終身雇用はとても大切な仕組みですが、少なくとも終身雇用だけに固執する必要はありません。

むしろ会社が‘’転職をすることも1つの選択肢‘’というゆとりがなければ、会社でワークライフバランスを実現することも難しくなりますので、より多くの退職者を生み出すことにもなりかねません。

「退職者のケア」を通じて、「会社の課題・本質」が見えてくる

退職をする理由というのは、必ずしも前向きなことばかりではありません。

白書の調査にもあったような「仕事・人間関係の満足度が低い」ということも多いと思います。そうなると、会社も離職した理由を、従業員へ深く聞くことが難しくなるのも事実です。

しかし退職者であっても、退職日を迎えるまでは、所属している会社へ最大限貢献する使命があります。

退職者は、退職を会社へ申し出た以降は、その期間だからこそ「会社へ伝えたいこと・伝えやすくなったこと」が必ずあるものです。

会社として退職者の意見に蓋をすることは、「会社の課題・本質」に踏み込む機会を逃していることになります。その機会を逃がさないためにも、ぜひ‘’退職者のケア‘’を通じて、退職者の話に耳を傾けましょう。

「退職者のケア」というのは、このような話を聴く機会をつくることなどにより「退職者の新たな人生を全力で応援する姿勢」です。それは退職者が、その会社と雇用関係を解消したとしても、違う形で会社と良い関係をつくることにもつながっていきます。

「会社の課題・本質」が見えれば、採用戦略が見えてくる!

「退職者のケア」により「会社の課題・本質」が見えること。これが採用戦略のポイントです。

会社の課題解決につながる人材・会社の本質や理念に合った人材を確保するためには、会社としてどのような戦略を立てた方が良いのか見えてくるということです。

会社の規模などにもよりますが、そもそも白書の調査にもあった「転職入職者の割合は6割」ですので、新入社員の過半数は転職者ということになります。つまり、入職日の前日までは「他の会社の退職者」ということです。自らの会社の退職者に対して「退職者の新たな人生を全力で応援する姿勢」が職場風土として根付いていけば、それは会社の入職者に対しても「入職者の新たな人生を全力で応援する姿勢」にも結び付き、誰もが働きやすい環境へとつながっていくはずです。

会社内の‘’労働移動の充実‘’を目指そう!

最後に、「労働移動」について触れておきます。そもそも労働移動は、転職に限りません。社内で仕事が変わるのも労働移動です。従業員が「現在の仕事では、能力を十分に発揮できない」と考えていても、他の部署への転勤などにより能力が十分に発揮できるのであれば、それは生産性向上につながるのです。

従業員がその能力を更に発揮する場が「会社の外」であれば、転職・兼業などの労働移動をぜひ応援しましょう。しかし、その場を「会社の内」につくることができるのであれば、社内の労働移動の仕組みを充実させ、すべての従業員の人生を全力で応援することで生産性を向上させましょう。

 

<参考>厚生労働省「令和4年度 労働経済の分析」≫ https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_27381.html

 

プロフィール

ごとう人事労務事務所(https://gtjrj-hp.com) 
社会福祉士・特定社会保険労務士 後藤和之

昭和51年生まれ。日本社会事業大学専門職大学院福祉マネジメント研究科卒業。
約20年にわたり社会福祉に関わる相談援助などの業務に携わるとともに、福祉専門職への研修・組織内OFF-JTの研修企画などを通じた人材育成業務を数多く経験してきた。
特定社会保険労務士として、人事労務に関する中小企業へのコンサルタントだけでなく、研修講師・執筆など幅広い活動を通じて、“誰もが働きやすい職場環境”を広げるための事業を展開している。

監修:退職後の社会保険と税の手続き(株式会社ブレインコンサルティングオフィス)

 

 

 

 

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