<コンサルティングハウス プライオ 代表 大須賀 信敬/PSR会員>
もしも、社長に万一のことがあり、不幸にも他界してしまった場合、残された遺族は国の年金制度からどのような支援を受けられるのか。前回は「個人オーナー編」として、男性の個人オーナーが他界したケースを例に考えてみた。今回は、男性の法人・代表取締役が他界したケースを例に、残された妻がどのような年金をもらえるのかを見てみよう。
子供がいなくても遺族年金を残せる法人の代表取締役
法人の代表取締役は、国民年金と厚生年金という2つの公的年金制度に加入をしている。そのような代表取締役が他界すると、残された配偶者には国民年金の遺族年金(遺族“基礎”年金)と、厚生年金の遺族年金(遺族“厚生”年金)とが支払われることになる。配偶者に遺族“基礎”年金しか残せない個人オーナーに比し、2つの遺族年金を残せる点が法人・代表取締役の特徴の一つである。
遺族“基礎”年金が支払われる基準は、個人オーナーの配偶者と法人・代表取締役の配偶者とで相違はないので、概要を知りたい方は本サイト2021年7月14日付コラム『【社長の年金】第11回 万が一の時、社長は家族にどんな年金を残せるのか<個人オーナー編>』を参照していただきたい。
それでは、遺族“厚生”年金の仕組みについて、基本的なポイントを見ていこう。前回のコラムでは、遺族“基礎”年金は、原則として高校を卒業する年齢になる前の子供がいないと、支払い対象にならないことを説明した。ところが、遺族“厚生”年金には、そのような制限が存在しない。
従って、法人の代表取締役である夫が他界した場合には、「子供がいない」「すでに子供は成人している」などのケースでも、残された妻は遺族“厚生”年金を受け取れることになる。この点は、遺族年金に関する個人オーナーと法人・代表取締役との大きな相違点である。
子供がいないと妻の遺族年金は“増額”される
た、子供がいないために遺族“基礎”年金がもらえない妻の場合には、夫の他界時に妻の年齢が40歳以上65歳未満であれば、遺族“厚生”年金が増額されるという仕組みも用意されている。具体的には、遺族“厚生”年金に中高齢寡婦加算という名称の上乗せが行われるのが原則である。この上乗せは、妻が65歳になるまで付き続けることになる。
現在、中高齢寡婦加算の金額は、1年間で585,700円である。そのため、仮に妻が40歳から65歳になるまでの25年間について、遺族年金にこの上乗せが付き続けたとすると、累計で約1,464万円(=585,700円×25年間)を余計に受け取れる計算になる(令和3年度の金額で概算した場合)。
なお、遺族“基礎”年金をもらえる妻の場合には、遺族“基礎”年金をもらえなくなった時に40歳以上65 歳未満であれば、同様の上乗せが行われることになっている。
他界した夫の厚生年金の加入期間が短いと、妻の遺族年金は“増額”される
遺族“厚生”年金は、他界した人の「厚生年金の加入期間の長さ」と「給料額の多さ」の両方に比例して金額が決定される。つまり、他界した家族が厚生年金に長く加入していたほど、また、現役時代の給料水準が高かったほど、遺族が受け取る遺族“厚生”年金の額も高額になるわけである。
それでは、生前の厚生年金の加入期間が短い場合はどうなるだろうか。例えば、法人の代表取締役が厚生年金に5年加入したところで不慮の事故に遭い、他界したとする。この場合、残された妻が受け取る遺族年金の額は、非常に少額になるように思われる。夫の厚生年金の加入期間が、わずか5年しかないからである。
ところが、遺族“厚生”年金には、このような場合に年金額を増額する救済措置が用意されている。それは、厚生年金の加入期間が25年未満で死亡した人の遺族に対しては、「厚生年金の加入期間は“25年”だった」と仮定し、実加入期間に応じた年金額よりも多い遺族年金を支払うという仕組みである。
そのため、前述の加入5年で代表取締役である夫が他界したケースでも、残された妻は「厚生年金に“25年”加入した夫が他界した」とみなされ、増額された遺族年金を受け取れるのが原則である。
残された妻が20歳代だと、遺族年金の支払いは5年で打ち止め
遺族“厚生”年金は、原則として生涯受け取れる年金である。しかしながら、わずか5年間しかもらえない特殊なケースも存在する。夫を亡くした妻が30歳未満で、子供がいない場合である。
具体例で考えてみよう。例えば、法人の代表取締役である夫が他界し、残された妻は29歳で子供がいないとする。「子供は30歳を過ぎてからもうけよう」と考えていた夫妻に訪れた、不幸な出来事である。このケースでは、夫を亡くした妻は30歳未満で子供がいない場合に該当するので、この妻は29歳から34歳までの5年間だけ遺族“厚生”年金を受け取り、その後は遺族年金を一切、もらうことができない。
この仕組みには、夫を亡くした妻の年齢が29歳か30歳かで、遺族年金の受取期間が何十年も異なるという特徴がある。とても厳しいルールと言えよう。
前回、今回と2回にわたり、社長に万一のことがあった場合の遺族年金について、基本的なポイントを見てきた。総合的に判断すると、個人オーナーである夫が他界した場合より、法人の代表取締役である夫が他界した場合のほうが、残された妻が受け取る遺族年金はかなり手厚いといえる。
ただし、遺族年金の受取資格・金額には、他にもさまざまなルールが存在する。また、法律の内容が改正されることも少なくない。従って、残された家族が思わぬ年金トラブルに遭わないようにするには、社長業のかたわら年金制度に関する情報収集を進めることも大切ではないだろうか。
プロフィール
マネジメントコンサルタント、中小企業診断士、特定社会保険労務士 大須賀 信敬
コンサルティングハウス プライオ(http://ch-plyo.net)代表
「ヒトにかかわる法律上・法律外の問題解決」をテーマに、さまざまな組織の「人的資源管理コンサルティング」に携わっています。「年金分野」に強く、年金制度運営団体等で数多くの年金研修を担当しています。