【専門家の知恵】公的年金の「表と裏」 ―― 経営者も社員も知っておきたい実相とは(後編)

公開日:2019年11月13日

公的年金の「表と裏」 ―― 経営者も社員も知っておきたい実相とは(後編)

<株式会社WBC&アソシエイツ 大曲 義典/PSR会員>

 

 前編では、公的年金の仕組や支給額、所得代替率などについて具体的な例を挙げて解説し、公的年金が謳う「100年安心」のお粗末な実態を紹介した。この後編では、今後の公的年金の見通しと、企業としての対応を考えてみよう。

 

◆マクロ経済スライドで支給額は先細り

 2004年の年金制度改革では、標準モデル世帯の所得代替率が60%前後と高止まりしていたことから、保険料水準を固定(厚生年金保険料率は平成29年度に18.3%で固定。国民年金保険料は平成29年度以降16,900円<平成16年度価格>で固定)するのと引き換えに、「マクロ経済スライド」という自動年金給付カット装置が導入された。所得代替率を50%まで低下させて、つまり、給付額を抑えて、年金財政を安定させた。

 本来、公的年金は、物価上昇率や賃金上昇率に合わせて毎年度改定され、その給付額の実質価値を維持するところに大きな特徴がある。マクロ経済スライドは、年金改定率の基本となる賃金(物価)上昇率からスライド調整率(公的年金被保険者数の変動率×平均余命の伸びを勘案した一定率)を控除して改定する仕組みであるから、将来的な年金の実質価値を減ずる方法ということになる。この仕組みこそ、政権与党をして「100年安心な制度」だと宣(のたま)わせている代物である。

 しかし、これもデフレ下では発動される仕組みではなかったため、これまで2015年度と今年度の2回しか発動されていない。要するに、所得代替率はほとんど低下せず、年金財政は全くもって改善されていないのが実態である。しかも、ここ数年のスライド調整率は、従前の見通しから大きく乖離しており、結果的にマクロ経済スライドが実施されても年金額の抑制効果は働かなくなっている。

 これは、スライド調整率に影響を与える公的年金被保険者数が、当初の見通しほど減少しなかったためである。大方、高齢者雇用の増加や非正規雇用者への社会保険適用拡大が影響しているのだろう。現在の受給者にとっては結果オーライなのだろうが、将来世代にとっては大きなマイナス効果を及ぼすことになるだろう。

 そもそも2004年当時の想定では、基準ケースで、2023年以降の厚生年金のモデル年金(夫婦の基礎年金を含む)の所得代替率は50.2%に低下するとされていた。それが、現在60%を超えているわけであるから、今後は30年を優に超える調整期間がないと、年金財政は維持できない状況にある。そうなれば、調整期間の終期には、受給開始後の実質的年金額が3~4割は目減りしていくことになろう(世代で異なる)。

 現状においても、年金給付額の実質的な所得代替率は低い状況に置かれているのに、さらに低下していけば、国民の老後生活の主要な財源とはなり得ない。2,000万円の不足どころか、3,000万円、5,000万円の問題と化していく。

 


◆100年安心の制度は瓦解している

「2,000万円問題」とは関係なく、公的年金の現在の状況は、「100年安心が瓦解しそうな年金制度」、あるいは「給付額の先行きが見通せない低額な老後資金」とでも表現するしかない。

 制度を盤石にしようとすれば、意味のある給付とはならないし、給付を維持しようとすれば制度がもたない。どうしてこうなってしまったのか?

 原因については種々考えられるが、制度が分かりづらい、開示情報が少ない、まやかしの情報で誤魔化す、といった情報開示の不徹底や、時代にミスマッチな制度への愚かな弥縫策の積み重ね、シルバー民主主義下でドラスティックな改革の回避、などが挙げられよう。

 

◆社会保障制度の再構築や社内制度の充実で安心できる将来を

 時に、こういう論じ方をすれば、年金の専門家と言われる方々などから「年金不安を煽っている」と揶揄されることも多い。しかし、事実だから仕方がない。2004年の財政再計算、2009年の財政検証、2014年の財政検証とすべてを自らの手で検証してきた知見に基づけば、どう数字をいじくり回しても、現在の年金制度を対症療法的に維持していく意味が見出せないのだ。

 そのようなやり方で、仮に制度が維持できたとしても、それは国民の精神を萎えさせるだけになってしまう。すでに、公的年金だけを論じても、未来の安寧へのソリューションとはならない状況にある。医療・介護を含めた社会保険制度、社会福祉制度、生活保護制度などなど、雇用社会の将来を踏まえた「維持可能」で「未来の安心」を担保した社会保障制度の再構築を喫緊に進めていくのが、政官の役割と責任であろう。

 また、企業の経営者もこれを他人事と考えてはならない。ここまで述べてきたことは、自社の社員に今後降りかかってくる現実であり、社員の「今」の想いでもある。社員以上に制度を理解し、可能な対応策を講じることは、社員のロイヤリティを高めることにもつながる。

 401k(確定拠出年金)などの企業年金制度の導入や、iDeCo(個人型確定拠出年金)の加入促進、GLTD(団体長期障害所得補償保険)の導入、社会保障制度の社内研修、社員向けのライフプラン研修・相談会などなど、できることはいくらでもある。まさに、労使双方が協調しながら将来のリスクに備えていくべき時代の到来と言えよう。

 

 

プロフィール

社会保険労務士 ファイナンシャル・プランナー(CFP®) 1級DCプランナー 大曲 義典
株式会社WBC&アソシエイツ(併設:大曲義典 社会保険労務士事務所)
1万円札を積み上げたら1万㎞の高さ、重さは10万トン。日本の抱える借金残高1000兆円の実態です。社会保障費の増加が主因です。事の本質を捉え、ゆでガエル状態からの脱却を目指した経営戦略支援を心がけています。

 

 

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