短時間勤務の労働者は、一定の年収を超えると税金や社会保険料負担の対象になります。
これにより、自身や配偶者の手取額が減少することを避けるため、労働時間を調整する状況が発生しています。
この基準となる年収が「年収の壁」と呼ばれているものです。雇用契約やシフト作成等、実務で意識することも少なくないと思いますが、実は壁となっている金額は1つではありません。
今回は、今さら聞けない「年収の壁」について確認していきましょう。
社会保険に関わる壁
年収の壁には、大きく2つの種類があります。1つ目は、社会保険に関わる壁です。一定の年収を超えると、社会保険料の支払いが発生します。
<106万円の壁>
106万円は、企業で健康保険・厚生年金保険への加入義務が発生する年収の境です。月額8.8万円と言った方が馴染みのある方も多いかもしれません。加入義務の
要件は、収入だけではないため、この年収だけで必ず加入義務が発生するわけではありません。なお、106万円の中には、時間外手当、通勤手当、家族手当等は含みません。
現在は「従業員数51人以上」の企業が対象となっている年収の壁です。
<130万円の壁>
130万円は、配偶者や親の社会保険の扶養から外れ、自身で保険料支払いが必要になる年収の境です。
これを超えると、企業の健康保険・厚生年金保険の加入要件を満たさない場合でも、自身で国民健康保険・国民年金に加入する必要があります。国民健康保険・国民年金は保険料の事業主負担はなく、加入手続きも労働者自身が行います。
なお、130万円の中には、各種手当や賞与、事業以外での収入もすべて含みます。
税金に関わる壁
2つ目の壁は、税金に関わる壁です。税金により納税義務の発生する年収が異なります。なお、以降で紹介する年収には、通勤手当等の非課税所得は含みません。
<100万円の壁>
100万円は、住民税の納税義務が発生する年収の境です。ただし、自治体によって金額が多少異なるためお住まいの自治体へ確認するのが確実です。
<103万円の壁>
103万円は、所得税の納税義務が発生する年収の境です。
<150万円の壁>
150万円は、配偶者特別控除が満額受けられる年収の境です。
配偶者特別控除とは、扶養されている配偶者の所得に応じて、扶養している配偶者の所得税が減額される仕組みです。150万円を超えると、控除額が段階的に減っていきます。
<201万円の壁>
201万円は、③で説明した配偶者特別控除が受けられなくなる年収の境です。
これまで紹介した年収の壁をまとめると以下のとおりです。
一言で「年収の壁」といっても、これだけの種類があります。「年収の壁」と言われたときにどの壁を指すのかの認識が異なると、対応を誤ってしまうリスクがありますので、整理しておきましょう。
年収の壁による就業調整の実態
令和3年の「パートタイム・有期雇用労働者総合実態調査(厚生労働者)」によると、配偶者のいるパートタイム労働者(無期雇用)では16.9%、同じく配偶者のいるパートタイム労働者(有期雇用)では22.2%が就業調整をしています。
就業調整の理由として、女性パートタイム労働者は無期雇用、有期雇用いずれも「一定額(130 万円)を超えると配偶者の健康保険、厚生年金保険の被扶養者からはずれ、自分で加入しなければならなくなるから」が最も高く、男性パートタイム労働者では、無期雇用で「その他」が、有期雇用で「自分の所得税の非課税限度額(103 万円)を超えると税金を払わなければならないから」が最も高くなっています。
また、最低賃金は上昇しているにもかかわらず、年収の壁の金額は変わっていません。
これにより、年収の壁に合わせた就業調整を行う場合、最低賃金が上昇すればするほど働ける時間数が減少していることも問題視されています。
労働時間が短くなると、保育所への入所が難しくなるという声も少なくなく、年収の壁と保育所への入所基準を考えつつ、就業調整を行っている方もいらっしゃいます。
現在、社会保険の財源不足や、老後の備えを増やすという観点から、年収の壁(主に106万円の壁)の見直しの議論がされており、これら年収の壁について考える機会がより増えるかもしれません。
今だからこそ、改めて年収の壁を理解しておきましょう。
プロフィール
特定社会保険労務士 内川真彩美
いろどり社会保険労務士事務所(https://www.irodori-sr.com/)代表
成蹊大学法学部卒業。大学在学中は、外国人やパートタイマーの労働問題を研究し、卒業以降も、誰もが生き生きと働ける仕組みへの関心を持ち続ける。大学卒業後は約8年半、IT企業にてシステムエンジニアとしてシステム開発に従事。その中で、「自分らしく働くこと」について改めて深く考えさせられ、「働き方」のプロである社会保険労務士を目指し、今に至る。前職での経験を活かし、フレックスタイム制やテレワークといった多様な働き方のための制度設計はもちろん、誰もが個性を発揮できるような組織作りにも積極的に取り組んでいる。
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