<合同会社DB-SeeD 代表社員 神田橋宏治>
顧客からの理不尽な要求や迷惑行為、いわゆるカスタマーハラスメント(以下カスハラ)が増えています。令和2年に厚生労働者が職場でのハラスメント行為について全国調査を行ったところ、「パワーハラスメント」「セクシャルハラスメント」についで多いのが「カスタマーハラスメント」でした。今回は軽視できないカスハラの状況とその対応策について説明します。
カスハラの現状と対応方法
厚労省の職場ハラスメント調査結果で多かったパワハラ、セクハラ、カスハラのうち、カスハラのみが増加傾向にあり、またこのカスハラにより休職したり退職したりした人も無視できない人数がいるということが明らかになっています。
平成30年には裁判にもなっています。そこでは部下がカスハラを受けているにもかかわらず、上司がカスハラに適切に対応することなく、部下に対して顧客に謝罪するよう強いたことが問題になりました。労働者が当該上司らに損害賠償を求め、裁判所はこれを認める判決を出しました。つまりカスハラは企業にとって決して座視できるものではないということです。
これらを受けて2022年2月厚生労働省は「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」を作成しました。厚生労働省のサイトからダウンロードできますので是非参照してください。
厚生労働省「カスタマーハラスメント対策マニュアル」(PDF) ≫≫≫ https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/000915233.pdf
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本マニュアルの要点は以下の通りです。
一番大事なことは、組織のトップがカスハラ対策への取り組みの基本姿勢を明確に示すことです。組織として従業員をカスハラから守るという姿勢、これが従業員に浸透することによって従業員は安心して働くことができますし、対応策を現場に落とし込むことができます。
次に、「事前の準備」と「カスハラが疑われたときの対応」に分けて考えます。
事前準備としては、カスハラ対策を推進する組織を決めそこが中心となって基本方針、対応方法・手順の作成、教育、再発防止策の検討等を取りまとめます。そして相談対応体制を作ります。
キーパーソンは上司・監督者
カスハラを受けた従業員は、通常上司・現場監督者に相談します。相談を受けた上司らは、今まさに起きている現状の把握、事実の確認、顧客への対応、その後の従業員のフォロー、必要であれば上層部への報告(図)など、極めて多様な業務を引き受けることになります。その役割は極めて大きく、あらかじめマニュアル等を作ったうえで彼らに定期的な教育を行う必要があります。
ただし、上司部下の関係が良好な部署ばかりとは限りませんし、事を穏便にしようとするあまり部下を十分に守らない上司もいるので、他にも相談できる窓口を作るべきです。セクハラやパワハラの相談窓口がカスハラに関しても相談を受け付けるのがふさわしいでしょう。
一方、従業員全員に対しても、カスハラに対応できるよう定期的な研修が必要です。研修内容には会社からの強いメッセージを必ず含めてください。さらに、業種・業界によって起きやすいカスハラのパターンは違いますので、カスハラかどうかの判断基準、パターン別の対応方法、実際過去に起きた実例などを含めることが望ましいです。
では実際に「カスハラが疑われたときの対応」はどうすればいいのでしょうか。まずは事実関係を整理し、クレーム等が正当な主張か、悪質なものであるかを検討します。ここでのポイントは二つ。例え顧客が「今すぐ答えを出せ」と言ってきてもその場で答えを出さないこと。事実関係については、なるだけ多くの関係者から話を聞き、複数で判断することです。場合によっては上層部への報告が必要になりますし、弁護士等外部の機関への相談が必要になることもあります。
最後に、最前線でカスハラを受けた従業員へのフォローです。これは極めて重要です。彼らは心に傷を負っていることがほとんどです。上司はしばらくの間は彼らを定期的に面談等フォローすることが必要です。もし「死にたい」等の言葉が出てきた場合は必ず専門機関を受診させてください。また一見平気そうな場合でも、しばらく休暇を与える、直接顧客対応をしない部署への異動させる、といった対応を考えたほうがいい場合もあります。企業で産業医や心理カウンセラーと契約している場合、一度は相談に行くのをお勧めします。
プロフィール
1999年東京大学医学部医学科卒業。東京大学医学部附属病院助教などを経て、2011年4月から医療法人社団仁泉会としま昭和病院内科医として勤務。2015年に産業医事業を中心業務とする合同会社DB-SeeDを設立。2018年11月~現在 日本産業衛生学会代議員