<ごとう人事労務事務所 社会福祉士・特定社会保険労務士 後藤 和之/PSR会員>
会社として「ハラスメントを許さない」という姿勢は必要なことです。
しかし、従業員から見れば、ハラスメントをしないための明確な方法があるわけではありません。特に、部下と向き合う機会が多い上司の方は、ハラスメントの加害者となるリスクと隣り合わせかもしれません。
今回は、部下の『サイン』に気づき、ハラスメントのリスクを最小限に留めるポイントをお伝えします。
部下が「嫌」と言えること。それは、部下が上司をどこかで信頼している証。
部下がいる方は「~と言われたことが嫌でした」「~をされたことで、やる気を失いました」など、部下から言われた経験があるかもしれません。さらには「それは、ハラスメントです!」とはっきりと言われることもあるかもしれません。そのように部下から言われると、上司も人間ですので、落ち込んだ気持ちになったり、言い返したい気持ちになったりするものです。
しかし、肯定的に捉えれば、上司をどこかで信頼しているからこそ、部下が「嫌」と言えていえるのかもしれません。「嫌と伝えれば、上司が改善してくれるのではないか」という希望がなければ、部下はそのようなことは言いません。
部下が自らの『意思』を明確に伝えたのであれば、それは互いの信頼関係を深めていくための機会と肯定的に捉えることができるとも言えます。
現実に、部下が傷ついたり、やる気を失ったりした現実があれば、それは変えることができません。しかし、その現実を糧に、より良い未来をつくることはできるのです。
「自分はハラスメントをするはずがない!」その思いは、部下の「サイン」を見逃す原因となる・・
部下は上司や周りの環境などに配慮することが多いため、部下自らが嫌なことの『意思』を明確に示すことは少ないかもしれません。
部下の立場としては「嫌だということを察してください」という『サイン』を出すのが精一杯なことが多いでしょう。『サイン』は、部下が遠回しに上司へ察してもらうような表現をするだけでなく、部下の表情・発言内容・声のトーン・仕事のパフォーマンスなど、普段とは何かが違う変化も含まれます。
部下の『サイン』を早い段階で読み取れば、問題を早期に解決できますが、その『サイン』を見逃し続ければ、懲戒処分が必要な、さらには会社の経営に関わるようなハラスメントにまで発展することにもなりかねません。
それでは、どのようなタイプの方が『サイン』を見逃すことになるのでしょうか。
それは「自分はハラスメントをするはずがない!」という強い思いを持つ方かもしれません。
例えば、ハラスメントに関する法律や判例など十分に理解を深めたと自信を持っている方。
また、ハラスメントは絶対にしてはいけないと過剰に警戒をしている方も無意識にそのような思考になることも考えられます。
そのような思考に陥ると部下の『サイン』を見逃すことにつながります。
「自分はハラスメントをしているかもしれない・・」その思いが、部下のサインを見逃さない!
生きてきた環境や時代なども違う中で、一人ひとりの価値観はそれぞれです。
そのため、仕事を通じて互いがコミュニケーションをとれば、無意識に相手を傷つけてしまうことは誰にでも起こり得ることです。
むしろ「私は、相手を傷つけるようなことは一切言いません」と思うことの方が、無意識に相手を傷つけるリスクがあるでしょう。
ハラスメントにも同じことが言えます。
「あの時は感情的だったかもしれない・・」「あの時の一言は余計だったかもしれない・・」などの心配をされる方は、気が休まる場面がないかもしれませんが、「自分はハラスメントをしているかもしれない・・」と思えることは、大きな問題となるリスクを回避できるとも言えます。
なぜなら、その思いがあれば、部下がどのような反応をしていたのかという『サイン』を見つけようとするからです。
さらには、自らの言動が適切でなかったと気づけば、部下に自らの気持ちを素直に伝えることができるからです。
会社として「ハラスメント防止」を推進するためのポイント
会社として、管理職をはじめとした従業員に対し、研修などを通じて「このような場合はハラスメントに該当する」などの最低限の理解をしてもらうこと。
そして、就業規則などを通じて「ハラスメントを許さない」という姿勢を伝えることは当然必要なことです。
しかし、そのことばかりに固執してしまうと、従業員が「ハラスメントをしないこと」に必要以上に警戒することにもなりかねません。
会社の本来の目的は「一人ひとりの従業員が持つ能力を最大限発揮させ、生産性を高めること」です。
その目的の中で、ハラスメントが起こるリスクは当然に生まれ、特に管理者の方は細心の注意を払って、部下と向き合っていると思います。
人事労務担当者の方は、ハラスメントの理解だけに意識を傾けるのではなく、「管理職が困っている時に、その上司や担当部署などへ相談できる環境」「部下が成長することの喜びを実感できる場面」などをつくる取り組みも意識してみましょう。
それは、上司が目の前にある現実を肯定的に捉え、より良い未来をつくることにつながっていきます。
プロフィール
ごとう人事労務事務所(https://gtjrj-hp.com) 社会福祉士・特定社会保険労務士
後藤 和之
昭和51年生まれ。日本社会事業大学専門職大学院福祉マネジメント研究科卒業。約20年にわたり社会福祉に関わる相談援助などの業務に携わるとともに、福祉専門職への研修・組織内OFF-JTの研修企画などを通じた人材育成業務を数多く経験してきた。特定社会保険労務士として、人事労務に関する中小企業へのコンサルタントだけでなく、研修講師・執筆など幅広い活動を通じて、“誰もが働きやすい職場環境”を広げるための事業を展開している。
監修:退職後の社会保険と税の手続き(株式会社ブレインコンサルティングオフィス)