<後藤和之 ごとう人事労務事務所/PSR会員>
令和2年度に実施された厚生労働省委託事業「職場のハラスメントに関する実態調査」で、過去5年間おいて、妊娠・出産・育児休業等ハラスメント(以下、マタハラ)を受けた「女性は26.3%」、育児休業等ハラスメント(以下、パタハラ)を経験した「男性は26.2%」でした。今回はなぜマタハラ・パワハラが起こるかを考え、会社としての必要な取り組みをまとめていきます。
なぜ、マタハラ・パタハラが起こるのか?加害者にならないための留意点
~留意点①~ 自らの「経験」に固執しない
多くの成功体験を積み重ねてきた人は、「あの時に厳しい指導を受けたから」「辛い時に優しい言葉を掛けてくれたから」などのさまざまな『経験』を前向きに捉え、それを力にすることができる人とも言えるかもしれません。
そして、そのような人が上司になれば「部下も同じような『経験』をしてもらいたい」と思うかもしれません。しかし、上司の経験に基づいた厳しい指導が、時代に合っていないかもしれませんし、部下にとって効果があるとも限りません。優しい言葉が部下にとってモチベーションを高めるとも限りません。上司の『経験』が部下に合わないものであれば、その部下に合った指導を考えていく必要があります。自らの『経験』に固執することが、ハラスメントの要因にもなりかねません。
そして、特に出産・育児などは、自らの『経験』が影響されやすいかもしれません。自らの経験に照らし合わせ、例えば「育児休業をここまで取る必要があるのか」など、言葉には出さなくてもそのような思いがあれば、部下は感じ取るものですし、大きなプレッシャーになることも考えられます。
~留意点②~ 自らの「思い」は、相手へ伝わりにくいことを意識する
例えば、上司が部下に対し、育児に専念してもらいたいという思いから、「1年間は、会社のことは気にせず、育児を頑張って!」と伝えたとします。
そのように声を掛けられた部下は、多くの場合、上司の声掛けをとても嬉しく感じると思いますが、状況によっては、部下が以下のように思うこともあるかもしれません。
・育児休業後は、しばらく短時間勤務を考えているが申出をしにくくなった。
・夫も育児休暇を取るので、休業は半年間で考えている。
・雇用保険の給付はあるが、経済的にもできる限り早い時期に仕事復帰を考えている。
もちろんこの言動だけであれば、制度等の利用への嫌がらせにあたるようなハラスメントとは言えませんが、「相手は違うことを考えているかもしれない」「相手が違う受け取り方をするかもしれない」という意識を頭の片隅に入れておくことが大切です。
そのような意識を持つことは、先ほどのような育児を応援する気持ちが相手へ伝わりやすくなりますし、マタハラ・パタハラに限らずコミュニケーションの行き違いによるハラスメントを防止する上でも大事なことです。
マタハラ・パタハラを防止するために必要な会社の取り組みとは
それでは、2つの留意点をふまえ、マタハラ・パタハラを防止するために必要な会社の取り組みを考えていきます。
~取り組み①~従業員に育児休業等の制度周知などにより、ハラスメントを防止する職場環境を醸成する。
時代の流れとともに、出産・育児に対する理解が深まっていると思いますが、冒頭で紹介した調査結果からみても、まだまだ多くのハラスメントが起こっているのが現実です。留意点①のような自らの「経験」に固執しているケースも考えられます。
対策の一つとして、ハラスメント防止を目的とするだけでなく、さまざまな出産・育児などに関する休業制度等を理解することも目的とした研修を行うことが大切です。制度の利用を考えている従業員が、それぞれの家庭の事情などもふまえ、主体的・計画的に制度を利用することにつながります。そして、すべての従業員が制度の目的・内容を理解することで「制度を利用しやすい職場環境」が醸成され、結果としてハラスメントの防止にもつながっていきます。
~取り組み②~相談窓口の設置などにより、ハラスメントを防止する体制をつくる。
育児休業等の取得について、従業員・会社の双方が、互いの立場を尊重することが大切です。コミュニケーションの主導がどちらかに偏ってしまうと、留意点②のような自らの「思い」が、相手に伝わりにくいことにつながります。
従業員は、計画的に利用したい制度を明確に伝えるとともに、会社の現状も理解し、上司や同僚へ感謝の気持ちを伝えましょう。
会社は、業務分担の見直しなどの必要な措置を講じるとともに、相手の話を聴くことに重きをおいて、出産・育児を応援する気持ちを伝えましょう。
一方で、このようなコミュニケーションは上司・部下の関係性で行われることが多いと思いますので、やはり行き違いが多くなることも事実です。従業員が負担なく相談できる相談窓口設置などにより、会社としての体制もつくっていきましょう。
会社の取り組みは、出産・育児を迎える従業員の気持ちの「ゆとり」につながる
今回紹介したような「研修」「相談窓口設置」等は、令和4年4月に改正施行される育児・介護休業法の中で「雇用環境整備、個別の周知・意向確認の措置の義務化」として位置づけられています。会社が制度を利用しやすい職場環境をつくることにより、出産・育児を迎える従業員の気持ちの『ゆとり』にもつながります。
従業員の気持ちに『ゆとり』が生まれれば、上司・同僚などの「経験」「思い」は、主体的・計画的に制度を利用する上での『貴重な経験談』『最大限の配慮』として従業員自らが咀嚼して受け止めることにもつながり、コミュニケーションの行き違いによるハラスメントの防止にもつながっていきます。
プロフィール
昭和51年生まれ。日本社会事業大学専門職大学院福祉マネジメント研究科卒業。約20年にわたり社会福祉に関わる相談援助などの様々な業務に携わり、特に福祉専門職への研修・組織内OFF-JTの研修企画などを通じた人材育成業務を数多く経験してきた。現在は厚生労働省委託事業による中小企業の労務管理に関する相談・改善策提案などを中心に活動している。