【専門家コラム】カスハラの判例から学ぶ「クレーム発生後の組織的対応力を強化するポイント」

公開日:2024年11月1日

 

 

カスハラの判例から学ぶ「クレーム発生後の組織的対応力を強化するポイント」


<榎本・藤本・安藤総合法律事務所 弁護士・中小企業診断士 佐久間 大輔>

 

クレーム対応業務には負荷が掛かるので、これを軽減することは安全配慮義務の内容となる。

安全配慮義務の履行は、うつ病などストレス関連疾患の発症を予防することであり、いわば「マイナスからゼロへ」戻すことといえる。

さらに、組織的対応をすることにより、カスタマーハラスメントへの発展を防止するだけでなく、従業員のパフォーマンスやモチベーションが向上する。

これが「ゼロからプラスへ」持ち上げることとなり、企業組織の内部環境を強化することに繋がるだろう。

 

クレーム対応業務の負荷

「一般に、クレーム対応業務は、その性質上、顧客への対応に神経を使わざるを得ず、対応に失敗すればトラブルが拡大しかねないものであるから、一定程度の精神的負荷を伴う」(国・池袋労基署長(光通信グループ)事件・大阪高裁平成27年9月25日判決)。

労災行政訴訟である同事件の大阪高裁判決は、33歳男性の営業職マネージャーが恒常的な長時間労働により虚血性心不全により死亡した事案につき、クレームの内容や態様について次のとおり認定し、精神的負荷が相当大きかったと判断した。

  • 重いクレーム案件(返金額が大きい、顧客が強硬である)を複数担当し、長期化する案件も担当する。
  • 処理が困難で、二次対応する当該マネージャー自身に非がないのに謝罪を繰り返す。
  • 顧客から怒鳴られたり暴言を吐かれたりする。
  • 審査担当部署との意見対立により円滑なクレーム処理ができず、二次クレームが出される。

たとえクレームが現実に発生していなかったとしても、これを回避するために顧客や取引先に対応することも精神的緊張を伴うものである。

国・宇和島労基署長(養殖魚薬販売会社)事件・福岡地裁令和元年6月14日判決は、47歳男性の営業員が心室細動により死亡した事案につき、「恒常的に、(業者に叱責を繰り返す得意先の)社長の要求に応え、その信頼を損ねないように努めて行動しなければならなかった」として、精神的緊張が大きいと判断した。

ここで留意すべきは、クレーム対応が日常業務であるとしても、それだけで業務の過重性が否定されることはないということだ。

 

クレーム発生後の組織的対応

原則として、クレームが発生したとき、初動は現場対応となる。

その場合でも、クレーマーへの対応は単独で行わせるべきではなく、まずは顧客や取引先に複数名で対応し、その主張を傾聴しながら記録を取ることが肝要である。

とはいえ、現場でクレーム対応の前線に立つ管理職はクレーム対応のプロではないので、次の段階として、専門部署を設置し、または教育を受けた担当者を選任して、専門担当者がクレーム対応の窓口になることを検討することが望ましい。

そして、組織内のコミュニケーションを円滑化し、現場内、現場と専門担当者との間で情報共有をして、情報的資源を多重利用することにより、機能横断的に協調をしながら、早期に証拠収集や関係者の事情聴取を実施する。

その結果、クレーム対応業務に関して全体最適化を図られるだけでなく、職場のサポートが促進されて従業員の心理的負荷が軽減されることになる。

初動後は現場任せにしておくと、対応の遅れや不適切な対応から二次クレームが発生する可能性がある。

二次クレームが発生すると解決に時間がかかるので、専門担当者が対応した方がよい。

クレームが発生したとしても、労働者の就業環境が害されなければカスタマーハラスメントとまでは評価されない。

カスハラに至らない場合、顧客からの厳しい態度が示されたとしても静観していてもよいのだろうか。

様子を見たままでいると、カスハラに発展したり、現場の従業員がメンタルヘルス不調となったりするなど事態を悪化させるおそれがある。

その可能性がまだ低いのであれば、上司の客先同行や助言、職場のサポート、従業員のスキル向上や担当替えなどの措置を講じつつ、状況の推移を注意深く観察することになる。

これに対し、可能性が高い場合は、速やかに管理職や専門担当者が対応を引き継ぐべきである。

では、クレームにより高ストレスとなった従業員を配置転換した方がよいのだろうか。

まずは、どのような方針の下で、いかなる行動を取ればよいのかについてルール化やマニュアル化をするなどしてクレーム対応業務を標準化し、相談窓口とともに従業員に周知することが肝要である。

また、ロールプレイングなどの研修により対応スキルを向上させることが考えられる。

ただし、メンタルヘルス不調が発生するおそれがあるときは、配置転換を検討することが望ましい。

その際は、あらかじめ、当該従業員の健康状態を把握した上で、配転につき具体的な説明をして不安や疑問を取り除くとともに、配転による不利益を軽減する措置を講じることが必要だ。

配属先の上司だけでなく、衛生管理者や産業医と連携して必要かつ適切な措置を検討すべきである。

業務の標準化を進めるとして、従業員は顧客対応に際してどのような点に注意すべきだろうか。

顧客からのクレームを受けたとき、迅速性と誠実性のバランスを図りつつ両方を追求することが重要である。

迅速性を重視しすぎると対応が不十分で「拙速」となる一方、誠実性を重視しすぎると対応が遅くなり、いずれも顧客から二次クレームが発生するからだ。

そして、クレーム対応に当たっては、担当者が「自分は会社の代表」という意識を醸成する。

この意識の下で、消極的な姿勢を取らず、能動的に対応策を検討すべきである。クレーム対応を後回しにせず、受け身は禁物だ。

そして、必ず「事件」は解決するという意識を持つことが重要である。

これを徹底すると、職場のサポートと相まって、長期化するクレーム対応による心理的負荷を軽減することができるだろう。

 

>>>関連記事:カスハラの判例から考える「部下へのクレームに対し、管理職がとるべき行動」とは

 

プロフィール

佐久間 大輔
榎本・藤本・安藤総合法律事務所 弁護士・中小企業診断士
1993年中央大学法学部卒業。1997年東京弁護士会登録。2022年中小企業診断士登録。2024年榎本・藤本・安藤総合法律事務所参画。近年はメンタルヘルス対策やハラスメント対策など予防法務に注力している。日本産業保健法学会所属。
著書は『管理監督者・人事労務担当者・産業医のための労働災害リスクマネジメントの実務』(日本法令)、『過労死時代に求められる信頼構築型の企業経営と健康な働き方』(労働開発研究会)など多数。
DVD「カスタマー・ハラスメントから企業と従業員を守る!~顧客からクレームを受けたときの適切な対応とは~」、「パワハラ発生!そのとき人事担当者はどう対処する?-パワーハラスメントにおけるリスクマネジメント」も好評発売中。
公式ウェブサイト「企業のためのメンタルヘルス対策室/事業承継支援相談室」

 

 

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