経営者が受けるべき危機対応教育「メディアトレーニング」とは
<コンサルティングハウス プライオ 代表 大須賀信敬/PSR会員>
教育研修と言えば社員が受けるものと考えがちだが、必ずしもそうとは言えない。企業経営者だからこそ受けるべき教育も存在している。
代表的な経営者教育のひとつが、危機対応のための「メディアトレーニング」である。今回は経営者・組織リーダーのための危機対応教育について見てみよう。
不祥事発生後のマスコミ対応は経営者・リーダーの務め
企業を経営していると、意図せずトラブルに見舞われることがある。自社が不祥事を犯してしまうことも、残念ながらないとは言えない。
そのような危機発生時に必要な企業行動のひとつが「経営者がマスコミの取材に応じる」「組織リーダーが記者会見を開く」などの広報活動である。
ところが、危機発生時のメディア対応ほど難易度の高い広報活動はない。
マスコミによって報じられる経営者の一挙一動が、当該企業および同社の不祥事などに対する社会的評価に多大な影響を及ぼすからである。
万一、対応を誤れば社会的制裁の対象と位置付けられ、経営の継続が不可能になるケースさえ存在する。
従って、トラブル発生時のメディア対応をいかに円滑に行うかは、極めて重要な経営課題と言える。
トラブルや不祥事について企業が公式な説明を行う場は、極度の緊張状態に包まれている。
そのような中でカメラのフラッシュを浴びながら、記者から矢継ぎ早に繰り出される厳しい質問に適切に回答し続けることは、どんなに優秀な経営者・組織リーダーでも容易ではない。
不祥事を発生させた企業の経営者が会見の場で好ましくない言動をとり、事態を悪化させるケースは決して少なくない。
そのような状況に陥ることを回避するため、報道機関からの取材対応を円滑に行う事前教育の仕組みがある。
これがメディアトレーニングである。
危機発生時の報道対応を事前にシミュレーションするメディアトレーニングは、現代の企業経営に不可欠な教育研修である。
会見での経営者の言動が事態の行方を左右する
メディアトレーニングを受けていない経営者・組織リーダーが不祥事などの記者会見に臨んだ場合、通常は極度の緊張状態から次のような発言を行いがちである。
- 事実とは異なる説明をする。
- 自社に都合の悪い事実には言及しない。
- 責任転嫁と取られかねない発言をする。
また、会見の最中には次のような表情、態度を見せやすい。
- 終始、不服そうな表情を浮かべる。
- 反省をしていないと解釈されかねない態度をとる。
- 記者の質問に不満げな表情を見せる。
経営者本人に全く他意はなかったとしても、極度の緊張状態の中で回答に窮する質問を続けざまに浴びせ掛けられた場合には、上記のような言動をとってしまうのが人間である。
その結果、過度に自社の印象を悪化させ、収拾がつかなくなるケースは少なくない。
従って、事前に同様の状況を模擬的に設定し、困難な状況の中でも自分を見失わずに適切な言動がとれるよう、メディアトレーニングを実施する必要があるのである。
しかしながら、メディアトレーニングは非常に実施が困難な教育研修である。自社の広報部門や総務部門だけで取り組むことはできないと考えたほうがよい。
仮にメディアトレーニングを内製化しても、記者役の社員が自社の社長に厳しい質問を浴びせ掛け続けることは困難だからである。
また、そのような状況を許容できる経営者もいないものである。
従って、メディアトレーニングは費用を掛けてでも、広報代理店・PR代理店などの外部専門家の協力を仰ぐのが賢明である。
それだけの価値と効果のある教育プログラムと言えよう。
メディアの変質で企業の危機対応は一層困難に
不祥事を発生させた際の昨今のメディア対応は、以前にも増して難易度が高い。
理由は企業不祥事に対する大手メディアの姿勢が、恣意的報道に傾斜するケースがあるためである。
かつて、新聞記者などは社会の木鐸(ぼくたく)と呼ばれ、真実を追求し社会正義を実現する存在として一目置かれたものである。
しかしながら、昨今の大手メディアの姿勢は真実を追求するというよりも、「いかに大衆受けのよい情報を発信するか」に主眼を置いていると思わざるを得ない報道が散見される。
そのため、記者会見の場でメディアが繰り出すのは、真実を報道するために必要な質問だけでなく、「経営者に失言をさせること」「組織リーダーに失態を演じさせること」を狙った“挑発的な質問”や“揚げ足取り行為”が少なくない。
このようなメディアの言動に経営者が憤慨し、怒りに任せて対応をしようものなら、その部分だけが都合よく切り取られてテレビ・新聞で日々、繰り返し報道されることになる。
その結果、当該企業や経営者の本来の姿とは必ずしも一致しない「メディアによって創作された虚像」が世間で一般化し、事態は一層悪化するわけである。
現在のわが国の社会情勢では、メディア報道に起因するマイナスの影響を挽回することは非常に困難である。
だからこそ、経営者や組織リーダーに対するメディアトレーニングは、以前にも増して重要なのである。
「不祥事は絶対に発生しない」と確約できる組織は、残念ながら我われの社会には存在しない。
従って、メディアトレーニングは早急に取り組むべき経営者教育・リーダー教育と言えよう。
プロフィール
コンサルティングハウス プライオ 代表 大須賀 信敬
(組織人事コンサルタント/中小企業診断士・特定社会保険労務士)
コンサルティングハウス プライオ(http://ch-plyo.net)代表
中小企業の経営支援団体にて各種マネジメント業務に従事した後、組織運営及び人的資源管理のコンサルティングを行う中小企業診断士・社会保険労務士事務所「コンサルティングハウス プライオ」を設立。『気持ちよく働ける活性化された組織づくり』(Create the Activated Organization)に貢献することを事業理念とし、組織人事コンサルタントとして大手企業から小規模企業までさまざまな企業・組織の「ヒトにかかわる経営課題解決」に取り組んでいる。一般社団法人東京都中小企業診断士協会及び千葉県社会保険労務士会会員。