当たり前だと思い見逃されている賞与の支給日在籍要件
<三谷社会保険労務士事務所 所長 三谷 文夫/PSR会員>
賞与については、制度の有無や支給時期は各社それぞれ。夏季賞与の制度がある会社では、そろそろ賞与の支給時期が近づいているのではないでしょうか。
今回は、賞与に関して、当たり前だと思い見逃されがちではあるけれど、意外とトラブルになりやすい「賞与の支給日在籍要件」について解説いたします。
賞与の定めがあるならば、就業規則に記載しておく必要がある
賞与は、一般的には夏季と冬季の年2回支給している会社が多いのではないでしょうか。賞与制度があるならば、賞与について就業規則に明記する必要がありますので(労基法89条)、就業規則への記載漏れがないか今一度確認してみて下さい。
支給日在籍要件の有効性
賞与について、各社の就業規則に記載されている条項を見ると、次のような内容があったりします。
「賞与は、支給対象期間に勤務し、支給日に在籍している者に支給する」
ここで注目したいのが、支給日在籍要件です。
支給日在籍要件というのは、文字通り、賞与支給日に在籍している者にしか賞与を支給しない、ということです。
賞与の支給日前に自己都合で退職する社員からすると、「この期間分は働いたのだから、少なくともその分は支払ってほしい」と考えるでしょう。
一方で、会社としては、「これからも一緒に働いてくれる社員に感謝と期待を込めて賞与を支給したい」という想いもあるところです。
この賞与の支給日在籍要件については、過去に争いになったことがあるものの、判例では有効とされています(大和銀行事件(最高裁昭和57年10月7日判決)。そのため、無用なトラブルを避けるためにも、支給日在籍要件を設ける場合には、就業規則に明記しておくとともに、従業員に周知しておきましょう。
就業規則に書いていないけれども、支給日に在籍にしていることが当たり前と思い、今まで慣例で問題なくやってきている会社であっても、この機にぜひ記載しておいて下さい。
参考までに規程例を示しておきます。
<規程例> 第●条 賞与
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わざと支給日を遅らせると会社が損害賠償請求される可能性も
支給日在籍要件が有効としても、賞与の支給日をわざと遅らせることは、場合によっては不法行為となり損害賠償請求をされる可能性があります。
例えば、賞与の本来の支給日は6月20日であるけれども、6月30日に退職することが決まっている社員Aに賞与を支給することを回避するためだけの目的で、支給日を7月10日に後ろ倒しにするような場合です。
この場合は、賞与は支給されるという期待が社員Aにはありますし、嫌がらせ目的が明白なので、トラブルになる可能性が高く、争いになると会社の不法行為が認定されるかもしれません。
他方、会社の業績や資金確保の都合などから、支給日が延期になる場合は、これら会社の置かれている状況をしっかり説明した上で、支給日が延期になることを伝えます。
その後、社員Aには賞与の不支給あるいは支給額の減額措置などを提案することになるでしょう。
定年退職日と賞与支給日が近い場合の相談事例
ある会社で定年退職となる社員Bさんの事例をご紹介します。
会社の就業規則には、「退職日は定年に達した日の月末」と定められていたため、11月20日が誕生日のBさんは11月30日が退職日です。
一方で、この会社の賞与支給日は年2回で、6月10日と12月10日です。
そこで、Bさんは「定年退職日は、自己都合退職と違って自分で選択できないので、12月の賞与を支給してほしい」と総務課に相談がありました。
さて、この事例でBさんに賞与を支払う必要はあるでしょうか。私は、このケースでは賞与を支払う必要はないと考えます。
なぜなら、定年退職の時期は決まっており、Aさんもその予測ができていたからです。そのため、賞与の支払いへの期待は低いと評価してもよいでしょう。
まとめ
賞与は、支給するかどうか、支給額をどうするか等、基本的には会社の裁量を大きく発揮できる場面です。
他方、労働者から見ると、賞与は生活設計の中で大きな意味を持っていることが多く、支給基準などが不明確な場合、不安を与えることになりかねません。
そのため、就業規則への記載の仕方も含めた賞与の制度設計で悩まれたときは、社労士などの専門家に相談することをおすすめします。
プロフィール
三谷社会保険労務士事務所(https://www.srmitani.jp/) 所長
大学卒業後、旅館や書店等で接客や営業の仕事に従事。前職の製造業では、総務担当者として化学工場での労務管理を担う。2013年に社労士事務所開業。労務に留まらない経営者の話し相手になることを重視したコンサルティングと、自身の総務経験を活かしたアドバイスで顧客総務スタッフからの信頼も厚い。就業規則の作成、人事評価制度の構築が得意。商工会議所、自治体、PTA等にて研修や講演多数。大学の非常勤講師としても労働法の講義を担当する。趣味は、喫茶店でコーヒーを飲みながらミステリ小説を読むこと。