1.法的側面からの賃金カット
「賃金カット」を実行するとなると、まず、労基法第24条の壁(賃金の全額払いの原則)に直面します。 労働基準法 第24条第1項 一部抜粋 賃金は、通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならない。 このように、使用者側に対し賃金の全額支払いが義務付けられています。賃金カットはこれに相反するものであり、少なくとも会社側からの一方的な賃金のカットはできないということになります。では、会社側から一方的に賃金カットができないとなると、どのような方法があるのか次からみていくことにしましょう。 ちなみに補足ですが、欠勤や遅刻によりその時間分を減額(控除)することはノーワーク・ノーペイに則り何ら本条違反とはなりません。
2.賃金カットを行う上での具体的方法
賃金カットには、次の(ア)又は(イ)の方法が考えられます。
(ア)現行支給している賃金額の変更は行わず、一時的な措置として一部の手当等を支給しない方法。
(イ)賃金規程をはじめとする諸規定の見直しを行い、基本給をはじめ諸手当の減額又は諸手当を廃止する方法。
3.(ア)(イ)それぞれの賃金カットにおける詳細
(ア)現行支給している賃金額の変更は行わず、一時的な措置として一部の手当等を支給しない方法 会社から一方的な賃金カットが認められないことや、その根拠(労基法第24条)はご理解いただけたと思います。そこで思いつくのが、管理職社員本人の意思による「賃金債権放棄」あるいは「一部返戻」です。労基法24条(全額払いの原則)の趣旨は、社員本人の自由な意思や判断に基づいて賃金債権を放棄する意思表示の効力までをも否定するものではありません。つまり、労働者の自由な意思に基づくものであると認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するときは賃金債権の放棄や一部返戻は有効であると考えられます。(シンガー・ソーイング・メシーン事件 最高裁判所第二小法廷 S48.1.19判決)
一方、賃金カットについて「管理職社員の同意を得る」あるいは「承認を得る」ということも考えられますが、そもそも賃金額の変更を行っていない以上、一時的な措置であっても一部をカットし、支給しないことは労基法第24条の全額払いの原則に違反します。この違反するものについて労働者の同意を得たとしても、労基法13条によって無効とされますので意味がありません。「同意を得ること」と「賃金債権を放棄してもらうこと」は同義ではありません。 労働基準法 第13条 この法律で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は、その部分については無効とする。この場合において、無効となった部分は、この法律で定める基準によります。
キーポイントは「労働者の自由な意思に基づくものであると認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在」していなければいけません。会社側が管理職社員に対し債権放棄や一部返戻を強要することは、ここでいう債権放棄の趣旨とは反しますので認められません。 また実際に賃金カットを行う場合、口頭のやり取りで済ませてしまうケースがあるようです。しかし、後になって社員から債権放棄をしていないなど、言った・言わないの問題へ発展することが考えられます。やはりここは目に見える形で書面(立証書類)を整備しておくことがトラブル防止になります。なお書面は、賃金債権を放棄する内容を求めるよう十分に注意し、くれぐれも不支給について同意する等の内容となっていないか確認が必要です。
(イ)賃金規程をはじめとする諸規定の見直しを行い、基本給をはじめ諸手当の減額又は諸手当を廃止する方法。 このケースは、労働者の既得の権利を奪い、労働条件そのものを低下させることになります。よって不利益変更の問題が生じます。不利益変更の就業規則を有効とするためには、労働者の個別同意を得れば法律上問題ありません(労働契約法第9条)。しかし実際には、不利益変更の就業規則に反対する労働者が出てくることが予想されます。この同意をしない労働者に対しても、不利益変更後の就業規則を適用させるためには、次の(1)~(6)の要件を満たさないといけません。 (1)変更後の就業規則の周知 (2)労働者が受ける不利益の程度 (3)労働条件変更の必要性 (4)内容の相当性 (5)労使双方の交渉状況 (6)その他、就業規則変更に係る事情に照らし合理的なものであること (労働契約法第10条) 満たすことによって、労働者の同意・不同意に関係なく変更した就業規則が有効とされます。また判例においては、賃金関係の不利益変更について「高度の必要性」と「合理的な内容」であることが要求されています。(アーク証券事件 H12.1.31判決) このアーク証券事件では、就業規則の変更による諸手当のカットについて、高度の必要性や合理的な内容があるとは認められずに無効となっています。もちろん、個々の事案に基づいて判断するものですので、一概に他の事案も同様に判断できるものではありません。しかしながら、「高度の必要性に基づくものであるか」「合理的な内容であるか」の両側面から詰めて考えていかなければ、就業規則(賃金規程)等の諸規定変更も難しいと言えます。
賃金は、労働者の生活を支える源泉です。会社側からの一方的な減額・カットは労働者の反感を買うだけでなく、辞めていく社員が増えれば会社運営そのものが立ち行かなくなる状況が考えられますので慎重な姿勢が望まれます。また賃金カットを行うに際し、業績悪化等に伴う経営の危機的状況回避のために必要であることの状況説明、具体的な減額率、減額が適用される期間等の情報を開示し労働者の理解を求めていくことが大切です。会社としてキチンとした説明責任を果たすことが、スムーズに物事を運ぶポイントだといえるでしょう。 < 社会保険労務士 佐藤正欣 >