適格年金移行の基礎知識

公開日:2008年12月5日

適格年金移行の基礎知識についてご説明いたします。

適格退職年金は、ご存知のとおり平成24年3月末をもって制度廃止が決定しています。平成20年3月末時点で、適格退職年金移行が完了していない企業数は約32000社あります。昨年1年間の移行件数(生保、信託銀行)は約6000社になります。平成24年3月末までに、単純計算で、6000社×4年=24000になり32000社-24000社=8000社が移行できない状況になります。仮に移行件数を7000社に上げたとしても、7000社×4年=28000社で、32000社-28000社=4000社は移行できないままで終わる可能性が非常に強いのが現状です。
現在移行が完了していない32000社の大多数が300人以下の中小企業になります。
今後、適格退職年金移行に関して大混乱が予想される従業員300人以下の企業に絞ってお話を進めていきたいと思います。

適格退職年金の現状と加入者規模の推移
従業員数 2002年度 2003年度 2004年度 2005年度 2006年度 2007年度
100人未満 49,863 43,937 38,742 32,316 27,441 22,835
100人以上
300人未満
11,792 10,528 9,747 8,931 7、949 6,965
300人以上
500人未満
2,459 2,292 2,132 1.934 1,801 1,552
500人以上
1000人未満
1,595 1,482 1,352 1,247 1,106 968
1000人以上 1,032 924 788 662 588 505
1,032 924 788 662 588 505
資料:生命保険協会

何故このような事態になってしまったか?
①受託金融機関(生保・信託銀行)側の問題
②加入者側の問題で見てみますと、

①受託金融機関(生保・信託銀行)側の問題

適格退職年金は、昭和37年の税制改正により創設された制度で、退職金支払い原資の適正な確保を目的として税制面での優遇を持ったものでした。そのため監督官庁は、国税庁になっており「適格」とは、税制適格要件14項目を満たすものをさします。 
平成14年4月以降、新規契約は停止となり、平成24年3月末までに税制面の優遇は廃止されることになりました。そのために、適格退職年金はいずれかの時期に他制度へ移行するか、解約するかの道を選択することになります。
こういう状況の中で、適格退職年金に関する情報は極めて不足しています。理由としては、受託金融機関(生保・信託銀行)の契約時におけるあたかも利率5.5%が保証されたかのような説明、退職年金規程の強引な作成(法的にどういう拘束力を持つのかを十分に説明していない)、巨額の積み立て不足等や、大企業を中心に適格退職年金移行を進めたり、適格退職年金を他の制度に移行するだけでは受託金融機関(生保・信託銀行)にとって目に見える収益にならず、現場の営業担当者の会社からの評価も低いのでモチベーションがあがらない等の理由により動きが鈍いものになっています。
実際筆者が、退職金コンサルをしていく中で聞いた話としては、信託銀行は適格退職年金移行に関して従業員500人以下の企業はサポートしない、生保会社は従業員100人以下の企業はサポートしないなどです。というのは、実際の受託金融機関の収益性と移行処理のキャパシティーの問題からと推測できます。

②加入者側の問題

適格退職年金廃止に伴い、金融機関(生保会社、損保会社、信託銀行、銀行、証券会社)からの「退職金セミナー」または「適年移行セミナー」の案内に従い「セミナー」に過去2回ないし3回は出席した企業の方は多いと思います。ただし、そこでの話は主催者側の推奨する積み立て方法に始終することが多いと思います。せっかく「セミナー」に参加しても問題の本質がわからずに、適格退職年金を移行できずにいるのが現状のようです。
これは適格退職年金契約時に、受託金融機関(生保・信託銀行)に言われるままに安易に契約をしたツケが今も尾を引いている影響だと思われます。

以上の理由が複雑に絡み合って、適格退職年金移行が思いのほか進んでいない現状になっているようです。退職金コンサルの現場では、平成24年3月末までは、あと4年もあるからまだ大丈夫だと言う声を聞きますが、実際最後の1年は駆け込みでの適格退職年金移行になり、金融機関の処理能力を大幅に上回ることが予想され相当混乱すると思われますので、適格退職年金移行が完了していない企業は遅くとも3年以内に完了することをめどに動かれることをお勧めします。

ここで今一度退職金問題を整理しますと、


本来自社における退職金制度の意義を再検討した上で、①規程をどうするか、次に②積み立て方法をどうするか、そして最後に③会計処理をどうするかの順番に検討していかなければならないものですが、 実際には、金融機関は②積立て方法(自社の売りたい商品)の話ばかりをし、一番重要な①規程の話をなおざりにしている傾向があります。それを聞いた企業側は、①規程、②積立て方法、③会計の話が、ごっちゃになり自分の会社には何が合うのか訳がわからなくなり適格退職年金移行が進まなくなっているようです。 
 こういう状況なので、企業側の担当者も、経営層に話を正確に伝えきれないままになっています。ただこの問題を放置した場合には、巨額の退職金支払いが、企業の屋台骨を揺るがしかねないものです。特に中小企業の経営にとっては、退職金の支払いの影響は計り知れないものです。企業経営経費の多くを占める退職金のありについて、早急に再検討を始める必要があります。

 



それでは、順番に①規程②積み立て方法③会計について見て生きたいと思います。

  • 1.規定について
    まず退職金制度そのものは、江戸時代の三井家で始まった「のれん分け」がルーツといわれ、戦後労働組合が労働条件の一つとして退職金制度を要求することにより広く普及してきました。退職金は当初「功労報償」としての意味合いが強かったのですが、現在は、「賃金後払い」の意味合いが強くなってきていて、賃金であるならば在職中の業績や会社への貢献度を支払い金額に反映させるべきだという考えが強くなってきています。退職金制度自体は、労働法では、会社にとってかならずしも強制的に必要なものではなくあくまでも会社の任意であるということです(相対的必要記載事項)。ただし退職金制度を導入し規程がある場合は「退職金を払います」という労働契約を締結していることになり、一方的な変更や破棄は労働契約違反になります。ここで適格退職年金の話に戻りますが、適格退職年金は契約時に必ず労基署へ退職年金規程を提出しています(企業側が記憶しているか否かは別にして)よって一方的な変更や破棄は労働契約違反になり退職金トラブルの原因になります。実際のコンサルの現場で適格退職年金を解約したので退職金問題は解決したと思っていた企業が複数社あり上記の話をしたところ規程の存在をはじめて知ったという企業がありました。(契約締結時に十分な説明を受けていないため)

    退職金規定の変更
    退職金規定の変更が従業員にとってプラスになる場合は問題ないですが、退職金の減額や廃止といった不利益な変更にはより慎重な対応が求められます。ただし、退職金規程は労働契約ですので、契約である以上一方的に破棄、変更はできませんが、契約である以上従業員一人ひとりから同意が取れれば破棄・変更は可能であると考えられます。
    同意が得られない場合は、変更についての合理性が認められれば、変更も可能であるということ。合理性の判断基準として①経営上の必要性②代替措置の有無③同規模・同業他社との比較④交渉過程⑤経過措置などから判断されます。
    現行の退職金制度
    現行の中小企業の退職金制度はほとんどが「基本給連動型」になっていて、
    退職時基本給 × 勤続年数別係数 × 退職事由係数 =退職金額
    • 1.ベースアップ分が退職金に連動し、多額の支払い準備が必要になる。
    • 2.勤続年数が増えるに従い支給率も上がる年功型になっている。
    以上の理由により「(退職時の基本給がわからないため)実際の退職金の額がどれくらいになるのか把握できないため、支給水準のコントロールが難しい」という問題があります。
  • 2.積立て方法について
    適格退職年金は、予定利率5・5%で運用されると月約7000円の掛け金で40年間掛けた場合に1200万ぐらいになり中小企業の退職金としては十分な準備手段になるはずであったが、昨今の運用難により運用不足分を企業が補填する必要が生じている。
    適格退職年金移行における積み立て方法としては、300人以下の中小企業では、
    確定給付企業年金(DB)、確定拠出企業年金(DC)、中退共、生保などが考えられます。
      メリット デメリット
    確定給付企業年金(DB) 従業員に運用リスクがない
    懲戒規定を設けられる
    企業が運用リスクを負う
    積立て不足が生じた場合は不足分を積み立てなければならい
    退職給付債務が発生する
    確定拠出企業年金(DC) 企業が運用リスクを負わない
    退職給付債務が発生しない
    ポータビリティーがある
    自分資産が確実に確保される
    投資教育が必要
    受け取りは原則60歳以降
    運用は自己責任で行う
    懲戒規程を設けられない
    中退共 掛け金の追加拠出なし
    制度維持手数料が無料
    運用管理が簡単
    本人に直接支給
    1年未満の退職は掛け捨て
    1年以上2年未満の退職で掛け損
    2年以上3年6ヶ月までの退職で掛け金相当額
    生保 会社が受け取りになり、裁量が利く
    契約者貸付制度がある
    適年からの移行が不可能

    以上のようにそれぞれ一長一短ありますので、自社の制度に合う積立て方法を検討する場合は、中立・公正な立場でアドバイスできるコンサルタントに相談するのが一番の近道だと確信します。

  • 3.会計について

    「退職給付債務」とは、将来に必要な退職給付額を現在価値に割り引いた債務のことです。「退職給付債務」の額は、アクチュアリーという公的資格を持つ専門家しか計算できません。従業員300人以下の企業は、「簡便法」というもっと簡単に「退職給付債務」を見積もることが可能です。



    簡便法による退職給付債務の計算方法は、以下の場合で計算方法はそれぞれ違いますが、
    • 1.退職一時金制度のみを採用している場合・・・期末自己都合退職要支給額を「退職給付債務」
    • 2.企業年金のみを採用している場合・・・・・・直近の年金財政計算上の責任準備金の額を「退職給付債務」
    • 3.退職一時金制度の一部を適格退職年金制度へ移行している場合・・・一時金部分と年金部分を分けて、それぞれの「退職給付債務」を合算して「退職給付債務」を出すのが一般的です。

以上のように適格退職年金移行をきっかけとした、「会社にあった退職金制度の見直し」は企業の側に立った中立・公正なコンサルタントが必要です。専門家に依頼する場合は、①規程②積立て方法③会計のことがわかり、人事・労務にも詳しい専門家に依頼することをお勧めします。

 
 

(山路 直行 プロフィール)
1958年2月1日生まれ 慶應義塾大学 文学部社会学科卒業後、大手半導体装置メーカー勤務後、30歳で、外資系生保に転職し15年間生保業界に携わり、2002年より適年移行に伴う、退職金コンサルティングを行い2005年社労士資格を取得し現在に至る。

コンサル実績  社労士法人

会社 人数 コンサル内容
情報サービス業 380人 退職金コンサル(適年・一時金からDB+DC)
社団法人 650人 退職金コンサル
住宅販社 840人 退職金コンサル(適年からDB)
出版社 220人 退職金コンサル(適年・一時金から中退共)
運送会社 180人 退職金コンサル(適年からDC)
運送会社 210人 退職金コンサル(適年から中退共+生保)
大手派遣会社の子会社 200人 人事コンサル
生保会社時代は、20人から150人ぐらいまでの会社の適年移行のコンサルを30社あまり行い中退共+生保の移行を手がけておりました。

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