成果主義賃金制度で従業員のモチベーションを上げるには
<つまこい法律事務所・弁護士 佐久間 大輔>
「成果主義賃金制度」とは、労働者の業績や成果に対し、その労働価値(貢献度)を評価して、賃金や昇格などを決定する制度のこと。同制度には、従業員のモチベーションを上げたり、従業員間の不公平感を是正したりなどのメリットもあるが、運用を誤ると、労働者個人レベルのみならず、職場集団や組織全体にとっても逆効果となる恐れがある。よって今回は、成果主義賃金制度の効果的な運用方法について、解説していきたい。
◆従業員の積極性を引き出す動機づけ要因
人的資源管理の要素には、採用、配置、評価、報酬、能力開発などがある。成果主義賃金制度は、採用を除く全ての面に関わるので、成果主義を単なる賃金制度の変更と捉えると、人的資源管理の方策を誤ることになる。
逆に、成果主義賃金制度が有効に機能すれば、従業員のモチベーションが高まり、組織全体が活性化すると言われている。しかし、モチベーション理論からすると、事はそう単純ではない。
人はなぜ、どのように動機づけられるかを探求する「過程理論」の一つに、「個人の行動は、努力すれば業績が向上し、それに伴い相当な報酬が期待されることに動機づけられる」とする見解がある。これは総人件費の増大を回避しながら金銭的報酬を有効活用しようとする成果主義賃金制度に合致するものと言えよう。
他方、人は何によって動機づけられるかの要因を“自己由来”か“他者由来”かで区別する「内発的動機づけ理論」からすると、「他者からもたらされる報酬(外発的動機づけ要因)は、従業員の積極的態度を引き出すための内発的動機づけを低下させるもの」として位置づけられる。
この「内発的動機づけ理論」では、人は、目に見える報酬を得られない職務でも積極的に取り組むことがあり、その際、金銭的報酬に相当するものを自己の内部に見出している、とする。その要因としては、「仕事そのものの興味」、「仕事に従事することへの満足感」、「自己決定感」などが挙げられる。
従業員が内発的に動機づけられるためには、以下に挙げる5つの中核的職務特性が満たされることが必要だ。
(1)職務に必要なスキルや才能が多様であるか
(2)職務の流れに関わっており、職務を完結させるまでを見通すことができるか
(3)職務が組織の内外に重要な影響を及ぼすものか
(4)職務を遂行する手段や方法に関する裁量や権限が与えられているか、
(5)職務の結果や職務の遂行における手応えを認識できるか
これらの職務特性は、どの職務にも共通するものであるが、(1)~(3)が揃うと、従業員は職務に大きな意義を見出すとされている。したがって、モチベーションを向上させるために、必ずしも成果主義賃金制度の導入が必要なわけではない。
とは言え、(1)~(3)によって仕事の有意義感を覚えたとしても、(4)の自律性がなければ、仕事の責任感が低下するし、従業員自身が(5)のフィードバックを感じなければ、仕事の結果を認識することができず、仕事への内発的動機づけが得られなくなる。
成果主義賃金制度のメリットの一つとして、「業績に対する責任感の向上」が挙げられるが、これを得るためには(4)と(5)の両方を充足させる必要があるのだ。
こうして見てくると、成果主義賃金制度だけでは、同制度のメリットは享受できないことがお分かりいただけただろう。では、成果主義賃金制度の運用にあたっては、どのような設計が求められるのだろうか。
◆上司のサポートと公正な評価、能力開発の必要性
さて、ここでまた、「内発的動機づけ理論」ではなく、最初に述べた「過程理論」の話に戻ろう。
過程理論の中には、「人は自身のインプット(労働)とアウトプット(業績)との比率を、他者と比較し、その結果として不公平を感じた場合は、それを是正するためにモチベーションが向上する」との見解がある。
ただ、これを成果主義賃金制度に照らし合わせて見ると、短期的な成果を追求して中長期的な課題を軽視する、また、従業員間の支援・協力関係が構築されない、などのデメリットが指摘されている。
評価された業績と、決定された報酬が、従業員の期待に反した時、すなわち不公平感を持った時、モチベーションが低下してしまうことがあるのだ。
したがって、成果主義賃金制度を設計する際には、成果は必ずしも個人の能力のみによって挙げられるわけではない、ということをきちんと認識しておく必要がある。
そもそも個人の成果というものは、産業全体は好況か、高収益部門に所属しているか、担当の取引先は好調か、担当の割り振りは妥当かといった環境(外部・内部)に左右されるし、上司の指示やフォローアップは適切か、職場のチームワークはよいかなどの事情も影響するものだ。これらの環境要因によって、成果だけでなく、従業員の期待も変化することにも留意したほうがよいだろう。
こうした認識を持たず、組織全体の内部環境に問題を抱えたまま、成果主義賃金制度が導入・運用された職場では、従業員間の支援・協力関係が悪化し、延いては、メンタルヘルス不調まで発生しているように見受けられる。
要するに、職場の人間関係が良好でないと、個人の行動が利己的になり、チームワークが軽視されて周囲のサポート態勢がなくなるという、成果主義賃金制度のデメリットが顕在化してしまうのだ。
この問題を解消する策としては、まず、「心理的報酬の付与」が挙げられるだろう。前述した「内発的動機づけ理論」によれば、上司が部下をねぎらう、褒めるという心理的報酬が必要である。これは、他者からもたらされるものだが、従業員はこれによって、自己が承認されているという感情を持つため、職務に対する積極的な態度を引き出す内発的動機づけ要因となる。
また、成果主義による人事考課をするにあたっては、評価の項目や基準などを情報公開する、人事考課制度を明確にして運用におけるミスを防ぐ、考課者には人事考課の原則や仕組みを理解させることも必要だ。これにより、評価の正確性や一貫性が保たれ、評価の公平性を確保することができる。
これに加え、成果主義賃金制度の導入自体が、従業員個人にとって能力開発の機会を与えられていると感じさせるようにしなければならない。そのため、新規プロジェクトでの社内公募制などと組み合わせることも一案だろう。それと同時に、従業員の能力を向上させ、キャリアを発達させることができるよう教育研修の機会を与え、成果を発揮できるようスキルや才能を養成することも必須である。
このように人的資源管理の4要素を総合した制度設計と運用が、成果主義賃金制度におけるモチベーションの向上に繋がるだけでなく、メンタルヘルスケアにも資することになるだろう。
プロフィール
弁護士 佐久間 大輔
労災・過労死事件を中心に、労働事件、一般民事事件を扱う。近年は、メンタルヘルス対策やハラスメント防止対策などの予防にも注力しており、社会保険労務士会の支部や自主研究会で講演の依頼を受けている。日本労働法学会・日本産業ストレス学会所属。著作は、「過労死時代に求められる信頼構築型の企業経営と健康な働き方」(労働開発研究会、2014年)、「長時間労働対策の実務 いま取り組むべき働き方改革へのアプローチ」(共著、労務行政、2017年)など多数。