<株式会社WBC&アソシエイツ 大曲 義典/PSR会員>
サイコパスという言葉を耳にすることが多くなった。もともとは、連続殺人犯などの反社会的な人格を説明するためのpsychopathyから派生した概念であるが、日本語では、「精神病質」と訳されてきた。アメリカにおける精神医学の診断基準DMS-5では、サイコパスという記載はなく、「反社会性パーソナリティ障害」という診断基準となっている。過去の国内の凶悪事件を思い起こせば、「神戸連続児童殺傷事件」「佐世保女子高生殺害事件」の加害者は典型的なサイコパスだろう。ごく最近の「新幹線車内殺傷事件」の加害者もそうかもしれない。しかしながら、サイコパスにはこのような凶悪事件の犯罪者にとどまらず、我々の身の回りに日常的に存在しているとも言われている。その特徴や存在を理解しておくことは、日常生活や仕事上でも不可欠なのかもしれない。
◆サイコパスとは
サイコパスが、具体的にどういう症状を示すかといえば、「ありえない嘘をついても平然としている。残虐な殺人を犯しても、全く反省することがない。口達者で社交的なため、面白くて魅力的に見える。性的に奔放で、色恋沙汰が絶えない。過去の言動を平気で主張する。自分の非を認めようとせず、何か問題が発生すると他人のせいにする。」等々、常人では理解できない言動が大きな特徴である。簡略化すれば、①極端な冷酷さ、②無慈悲、③エゴイズム、④感情の欠如、⑤良心の欠如、⑥罪悪感の欠如、⑧後悔の欠如、だろうか。
まだ、一般に知られていないため、問題が起こると個人攻撃になることが多いが、最近では脳科学の進歩で、サイコパスは脳内の器質のうち他人に対する共感性や痛みといった感情の処理に重要な偏桃体の活動が弱いことなどが明らかになっている。また、サイコパスは冷徹で残虐な殺人犯ばかりではないことも明らかになっている。企業経営者や高級官僚、弁護士や医者など、時に大胆な決断を下さなければならない職業の人たちに多いという研究もあるようだ。
◆サイコパスは身の回りにも
では、サイコパスはどれくらいいるのか?有名なカナダの犯罪心理学者ロバート・ヘアによれば、男性では全人口の0.75%だとされている。アメリカの心理学者マーサ・スタウトによれば、アメリカの全人口の4%にものぼる、とされている。仮に、人口の1%だとすれば、日本には100万人以上のサイコパスがいることになる。
さらに、サイコパスは黒白つけられるものではなく、その症状がグレーゾーン的に広がりをもって存在していることもわかっている。従って、一般人からすると一瞥して判断できるものではなく、我々の身近な日常に紛れ込んでいるかもしれないのである。数百人の従業員を抱える会社であれば、数人のサイコパスが存在している可能性が高い。少なくとも、一定の割合でサイコパスが存在しているわけだから、その特徴を理解しておかないと、ときに犯罪者や悪人として表出するサイコパスに一方の当事者として煮え湯を飲まされることになる。グレーゾーンのサイコパスでも、サイコパス上司のいる会社の場合、部下の離職率、精神疾患の発症、モチベーションの低下が際立っていることも研究報告されており、ハラスメントに関してはほぼ間違いなく行為に及ぶと言われている。会社によっては、その社会的損失が莫大ともなり得ることから、サイコパスを早期に見つけ、彼らを責任ある地位に就かせないようにする試みも広がっているようだ。もちろん、すべてのサイコパスが悪人であるわけではないので、迂闊にレッテルを貼ることは厳に慎まなければならないが。
◆サイコパスには善と悪が混在
ここまでサイコパスの悪い面を述べてきたが、サイコパスの中には優れた結果を残している人も多い。斬新な販売方法を編み出したり、イノベーティブな製品を開発したりして、「革命児」と呼ばれるような人たちがそうだ。彼らの「秩序破壊者」としての力が、閉塞した状況を打破する方向に作用すれば、その分野では革命が起こることにもなる。
現代のサイコパスと言われる人たちの中で、最も有名なのが「スティーブ・ジョブズ」だろう。彼は、革命的な製品を次々と世に送り出したが、コンピュータの知識があるわけでもなかった。天才的と言われるプレゼン能力と交渉術で億万長者になったが、アップル社の社員や自身の妻に対しては、容赦なく追い詰めていたという。典型的なサイコパスなのだろう。嘘をつく、法規範を破るといった点は真似できないが、他人をあてにせず自分の腕一本で勝負し、「嫌われる勇気」を持つ彼らからは学ぶべき点も多い。
ただ、サイコパスは遺伝的要素も高いという識者もいて、それを治療する術は確立されていないのが現状である。どうしても、ネガティブな側面を考えないわけにはいかない。従って、我々としては、サイコパスを所与のものとして甘んじて受け止めざるを得ない。サイコパスに限らず、精神的な疾患等には、現代の精神医学をもってしても未解明な部分が多く、せいぜい知見を深めて最大限の対応をする以外に妙手はなさそうである。50人以上の会社であれば、産業医との連携を密にするのも効果的かもしれない。
プロフィール
株式会社WBC&アソシエイツ(併設:大曲義典 社会保険労務士事務所)