<株式会社WBC&アソシエイツ 大曲 義典/PSR会員>
ワーク・ライフ・バランスという言葉が世に出て久しい。最近は、働き方改革大合唱の中で再び脚光を浴びている。ただ、言葉の響きとは裏腹に、負の側面も目立つようになってきた。これは、ワーク・ライフ・バランスそのものが悪いというより、その捉え方や運用に欠落している部分があることに起因しているように思えてならない。
◆ワーク・ライフ・バランスが成立するための前提条件
内閣府によると、ワーク・ライフ・バランスとは「国民一人ひとりがやりがいや充実感を持ちながら働き、仕事上の責任を果たすとともに、家庭や地域生活などにおいても、子育て期、中高年期といった人生の各段階に応じて多様な生き方が選択・実現できる」ことと定義されている。簡単に言えば、「仕事と家庭生活の調和で得られる好循環」ということになろうか。あるいは、「仕事と家庭生活双方の充実感・達成感によるシナジーの獲得」と言えるかも知れない。
しかしながら、この着地点に至るプロセスがほとんど議論されないため、結果として現状を変えることなく「仕事の定時退社」「家事の平等な分担」に取り組んでいればワーク・ライフ・バランスが成立するかのような誤解を生んでいる。これでは、昨今の「イクメン病」や「マタニティ・ブルー」といった現象が頻発するのも当然だろう。
具体的な例で考えてみればわかりやすい。従前の「夫は外で働き妻は専業主婦の世帯」では、妻がほぼ家事労働を100%担っていた結果、夫が会社での長時間労働に耐えることがができた。それが1日11時間だったとすれば、その11時間分の労働力を社会に提供することで社会が成り立っていた。妻の家事労働が6時間だとすれば、世帯としての合計労働時間は17時間だ。しかし、昨今の経済低成長下での典型的な「夫婦共働き世帯」の場合、夫婦の労働時間は各々8時間(実際はもっと多いだろう)、それに相変わらずの家事労働6時間が加わる。世帯の合計労働時間は22時間にもなる。「夫は外で働き妻は専業主婦の世帯」並みの合計労働時間とするためには、夫の労働時間8時間、妻の労働時間5時間(育児介護休業法に基づく短時間勤務及び労働基準法に基づく育児時間を使った場合)、家事労働時間4時間とする必要がある。これには、夫の労働時間の短縮(定時退社)と家事労働時間の短縮が含まれているから、双方の労働生産性が向上しなければ、「夫は外で働き妻は専業主婦の世帯」の労働レベルには比肩しないことになってしまう。つまり、ワーク・ライフ・バランスが成立しないのだ。
◆ワーク・ライフ・バランスの前提条件を構築するヒント
まず、夫が労働時間を短縮し定時に退社できるようにするためには、概ね10~20%は労働生産性を向上させなければならない。果たして、このミッションを労働者個人で達成できるだろうか?一般的には難しいだろう。これは、会社総体として取り組まなければならない。一つの方法として考えられるのは、「労働時間の徹底管理」だ。ここでいう労働時間の管理は、社員を定時に帰すという形式的な管理ではなく、業務の廃止・見直し・再配分等を含んだ意味での管理である。ワーク・ライフ・バランスの効果を求めるには、各人が担っている業務が毎日完結し、やり切り感で充足されなければならない。決して中途半端な毎日にしないことが鉄則だ。そのような意味で、会社及び管理職層は社員の定時退社を無目的に急くことだけは慎まなければならない。
次に、家事労働はドラスティックな改善が必要となる。キーワードは、「手抜き」と「アウトソース」だ。毎日の家事労働を時間をかけて丁寧にやっていては日が暮れてしまう。食事の準備には火を使わない、毎日洗濯するのは子どもの分だけ、掃除は2~3週間に1回、などなど。夫婦間で話し合った「手抜き」家事を共有価値化していくことが肝要である。さらに、経済的余裕の範囲内で家事をアウトソース化していくことも有用だろう。カリスマ専業主婦の「丁寧な家事」など真似ようものなら、たちどころに破綻してしまうに違いない。そうならないためには、夫婦が自分たちのワーク・ライフ・バランスをカスタマイズしていくことが重要である。特に、家事労働の役割分担にあたっては、何も考えずに半々にするなど杓子定規な考え方をしてはならない。例えば、各々の仕事の各ステージの軽重に応じた役割分担とする、役割の分担にあたっては各々の得手・不得手を考慮する、各々が担った役割は完全に相手に任せる、といったマネジメントが絶対に必要である。そして、日頃から密なコミュニケーションにより夫婦・家族としてのライフプランの共有が必要十分条件となろう。
◆まとめ
結果的に、ワーク・ライフ・バランスの効果を最大化するために必要なことは、会社サイドからの労働生産性向上対策及び家庭サイドからの家事労働効率化対策ということになる。もちろん、労働生産性向上を図れば、それは雇用の減少に直結してしまうから、潜在需要の開拓と併せて行われなければならない。また、家事労働効率化対策を進めれば、いわゆる「丁寧な生活」は夢物語で終わることも覚悟しておかなければならない。
プロフィール
株式会社WBC&アソシエイツ(併設:大曲義典 社会保険労務士事務所)