<寿限無(じゅげむ)経営コンサルティング 代表 福田惠一/PSR会員>
2018年の「副業・兼業ガイドライン」制定により副業・兼業に対する考え方が大きく整備されました。更にそのガイドラインが2022年9月に改正されて以降、原則禁止から、原則許可への動きに拍車がかかっています。副業・兼業を単に収入増を図る手段としてだけでなく、社員自らがキャリアプランを構築するという自律心を、目覚めさせる仕組みとして活用することができます。そして、企業はこの変化を、社員の育成強化を図るチャンス到来と支援していく度量が求められます。
副業・兼業に関する従来の常識
戦後わが国の企業では、社員を終身雇用することを基本に考えてきました。「Japan as No.1」と言われた1970年頃は、この終身雇用制による社員のモチベーションの高さこそが、高度経済成長の原動力と称えられました。
つまり、終身雇用の下、一旦正社員として「就社」したからには、その会社1社で脇目も振らず頑張ることを求めました。家族を十分養っていける給料と、各社員のキャリアプラン実現を会社が支援する。従って「一所懸命」であるべきで、「副業・兼業などはもっての外」との発想でした。
状況の変化
そんな中で、副業・兼業に対する考え方に大きな変化を与えた出来事はありました。2008年のリーマンショックと、ここ数年来の新型コロナ感染拡大です。多くの会社で売上が大幅に落ち、休業せざるを得なくなった会社が続出しました。どちらの時期も、大手企業でも休業中に他の会社に出向させるとか、雇用を必要とする会社への転職を展望して、その会社に副業させる例も出ました。
働き方改革の推進
日本ではオイルショック後30年間以上にわたり長期低迷が続き、成長から取り残された国になってしまいました。そこで反転攻勢に出るため打ち出されたのが、2019年の安倍内閣による「働き方改革」です。これは、従来の労働慣行を見直し、同一労働同一賃金の観点からの見直しや、労働時間の削減による企業の労働生産性の向上を求めるものです。
相前後して2018年1月に厚労省が「副業・兼業に関するガイドライン」を出しました。これにより、副業・兼業が従来の原則禁止から、原則従事できると大きく転換しました。また、2022年9月には、更に副業・兼業を推し進めるための改正が行われました。
副業の現状
では、副業・兼業の現状はどうなっているでしょうか。株式会社パーソナル総合研究所の「第3回副業の実態・意識に関する定量調査」(2023年7月26日~8月1日調査)に基づいて見てみます。
① 副業を行っている正社員の割合は、「現在している」が7.0%、「過去したことがある」が10.2%。若い社員程副業を行っている割合が多い。
②副職の理由
「副収入を得たいから(趣味に充てる)」69.7%
「現在の仕事での将来性に不安」57.5%
「本業の収入だけでは不十分」57.3%
「自分が活躍できる場を広げたい」45.9%
「本業では得られないスキル・経験を得たい」44.9%
「副業では好きなことをやりたい」44.4%
副業・兼業による人材育成
(1)従来の「就社」により、会社も社員も1社の中でのキャリアプランを考え能力開発を行ってきました。よく「〇〇会社の常識は、世間の非常識」などと言われることがあります。○○会社が大きい程、世間との乖離が出やすい傾向にあります。例えば、公務員とか、業界のリーディングカンパニー等。しかし、組織の大小にかかわらず「井の中の蛙、大海を知らず」の傾向は、どこにでも見られます。それを排する手段として、他流試合である副業・兼業が大いに役に立ちます。
(2)一方、社員も自己のキャリアプランを会社に預けていれば安心という時代は過ぎ去ったことを思い知ることも必要です。昨今「リスキリング」ということがよく聞かれるようになりました。これは社員自身が主体的な判断で何を学び直すべきかを熟考することが前提になります。その結果、本人が求める分野の業務を行っている会社に副業・兼業することで、生きた「リスキリング」ができるはずです。例えば、昨今のデジタルトランスフォーメーションの進化に追い付くことが、多くの企業で求められています。机上で学ぶより、この分野に副業・兼業で飛び込むことが、効率的な能力取得方法と言えます。そのような社員の成長は、当該社員の勤務会社にも貢献できる能力をつけることになります。
(3)また、高齢化により長い退職後の人生をどう充実させるかも大きな課題になってきました。退職後なって「いざ何をすべきか」がわからない人たちが増えています。その時に備えて定年退職後に挑戦したい分野の仕事について、退職前に副業・兼業として体験することは大変役に立つ経験といえます。そのような自律的な退職者は、当該社員の勤務会社にとっても歓迎すべき退職者と言えます。
最後に
しかしながらいきなり、副業・兼業を大幅に認めることに躊躇する場合もあると思います。そのような場合には、以下の副業・兼業類似の制度の活用をすることで、そのハードルを下げることができます。これらは、いずれも実例がある仕組みです。このような制度を会社が積極的に採用することで、1社に依存しない社員を育成できるのです。
①社内副業
自社内で勤務時間の一定時間以内で、今後挑戦したい部署の仕事ができる仕組み。社内FA制度に類していますが、副業的な取り組みにより、気軽に体験ができます。
➁社内起業
会社を辞めず新会社を興し、自ら当該会社に出向する制度です。事業戦略や資金調達などの経営者としてのノウハウや視点を身につけるのに最適です。
➂週末に複業(パラレルキャリア)
社員がやってみたかった職種に勤務する。脱サラのリスクを軽減しつつ、本業では得られない情報や人脈を得ることができます。
以上、労働者自身に自らのキャリアプラン構築、実践の力をつけ、それを会社に還元する仕組みとしての副業・兼業(類似制度も含め)の活用が望まれます。
プロフィール
福田 惠一
寿限無(じゅげむ)経営コンサルティング代表
金融機関にて営業・融資を担当後、同総合研究所で人事金制度構築コンサルの経験を積み、退職後「寿限無経営コンサルティング」を開業。上場会社総務顧問も経験。経営の観点と社員の双方にとっての望ましい労使関係構築支援のため、人事・賃金・考課制度の整備、人事労務トラブル対応、紛争予防のための社内規程整備、マネジメント研修・ハラスメント研修等社員各層への研修、各種助成金申請支援等に注力。