<三谷社会保険労務士事務所 三谷 文夫/PSR会員>
医療水準の高まりで、今では、病気になっても働くことができる環境になっています。しかし、労働者、企業双方にその認識がないばかりに、やむなく離職に至るケースも見られます。病気はいつ誰がなってもおかしくありません。「明日は我が身」です。
そのような観点から、企業の両立支援の取組みに関しては、前回ご紹介しました。今回は、実際に病気と診断された労働者が発生した場合に起こり得る課題と対応についてまとめました。
課題① 病気発覚時
例えば、がんと診断された場合、今では日本人の2人に1人ががんに罹るとは言え、大抵の人はショックを受けるでしょう。その時に詳細な話を本人からヒアリングすることは困難です。
よって、最低限会社として聞くべきことをまとめた質問用紙を作成しておくとよいです。また、本人が利用できる制度や各所の連絡先等を一覧にしたシートを渡しておくと安心感をもってもらえます。
課題② 企業内での情報共有の仕方
病気が発覚して、本人がまずそれを誰に報告するか、ですが、やはり直接の上司が最も可能性としては高いでしょう。
その時に注意しなければならないのが、上司だけで抱え込むことです。報告時には本人の体調に問題がなかったので通常どおりに業務にあたってもらっていたけれど、急に病気が進行して業務に支障をきたすかもしれません。その時になって人事や産業保健スタッフに連絡しても対応が遅れてしまいます。
よって、本人に了解を得た上で、早い段階で少なくとも人事や産業保健スタッフとは情報共有を行うようにしましょう。上司個人の判断に任せず、仕組みとして、情報を共有できるようにしておくことが必要です。
逆に、報告を受けた上司が、本人の了解を得ないままに情報を部署のメンバーに伝えることは個人情報保護の観点からNGです。
課題③ 企業と医療の連携が取れていない
企業の考えと主治医の考えがすれ違っていることにより、本人の就業との両立、そして復職への進め方にギャップが生じることがあります。これは企業と医療、そして本人との間での連携がうまく取れていないためです。
これを防ぐためには、本人、企業、医療(主治医)による3者面談は必須といえます。場合によっては、産業医にも同席してもらうと、より効果的でしょう。
さて、この3者面談を行うにあたり、まずは、会社から主治医に向けて、「勤務状況提供書」を提出して下さい。
様式は決まっていませんが、厚労省の「事業場における治療と仕事の両立支援のためのガイドライン(令和4年3月改訂版)」に様式例が掲載されていますので、こちらを参考にするとよいでしょう。
このような用紙を使って、具体的には、職種、職務内容、勤務時間、有給休暇の残日数、社内で利用できる制度(時差出勤やテレワーク等)などを主治医に伝えます。
この用紙を主治医に提供する目的は、主治医から、今後の治療と仕事の両立、復職に関する意見をできるだけ正確にいただくためです。この後に、3者面談を通じて、具体的な両立支援プログラムを立てることになります。
このように、まずは積極的に企業側から主治医への情報提供を行い、3者面談を通じて連携を強めることが大切です。
課題④ 労働者の意識と周囲の理解
会社は治療や療養の場ではありません。労働者は、労働契約に基づいて労務を提供し、その対価として賃金が得られます。そのため、復職がゴールになって、「とりあえず復帰できて良かった」では会社としては満足できない部分もあります。やはり仕事で成果も出してもらう必要があるのです。病気の内容や体調に配慮することは大前提ですが、あくまでフルタイムで継続して勤務できることを労働者も目標とするべきだと考えます。
また、治療のために休職や時短となった場合、周囲の労働者から不満が出ることもあります。普段からのコミュニケーション、同僚との仕事の進め方がこのような状況の時に現れてきます。「お互いさまだね」と言い合える風通しのいい職場風土を作っていきましょう。
それとともに、ジョブローテーション、マニュアル化などによって、業務が属人的になるのをできるだけ避けることも大切です。
まとめ
会社に両立支援の仕組みがあっても、それをうまく運用できるかが重要です。例えば、時差出勤や休職制度、在宅勤務などの制度があっても、周知できていなければ意味がありませんし、そもそも「治療と仕事の両立」についての周囲の理解が低ければ、安心して制度の利用もできないでしょう。
病気はいつ誰がなってもおかしくありません。明日は我が身なのです。治療と仕事の両立に関する情報を提供する、研修を行う、実際の療養者の様子を社内報で発信する等、社内のリテラシーを上げていくことも大切となるのです。
プロフィール
三谷社会保険労務士事務所 所長
大学卒業後、旅館や書店等で接客や営業の仕事に従事。前職の製造業では、総務担当者として化学工場での労務管理を担う。2013年に社労士事務所開業。労務に留まらない経営者の話し相手になることを重視したコンサルティングと、自身の総務経験を活かしたアドバイスで顧客総務スタッフからの信頼も厚い。就業規則の作成、人事評価制度の構築が得意。商工会議所、自治体、PTA等にて研修や講演多数。大学の非常勤講師としても労働法の講義を担当する。趣味は、喫茶店でコーヒーを飲みながらミステリ小説を読むこと。