<合同会社DB-SeeD 代表社員 神田橋宏治>
新入社員の健康管理について、主に「70歳まで働けるための健康管理」と「テレワークでの健康管理」について産業医の視点から解説します。
1.70歳定年時代~20代での健康管理がカギ
令和2年には70歳までの就業機会確保が義務化され、同年25歳から44歳までの働く女性の割合を77%から82%へ引き上げる第5次男女共同参画基本計画も閣議決定されました。定年も2025年からは65歳以上に引き上げられ、70歳までの就業確保機会の努力義務はやがて義務になる可能性が高いと考えられます。さらに、治療と就業の両立支援や障害者雇用についても政府は力を入れています。
すなわち、高齢者、女性、病人、障害者すべてが働く「国民総労働化時代」がやってきているのです。健康管理の面からみると最も重要なのは70歳、少なくとも65歳まで健康で本人の持っている能力を最大限に生かせるような健康管理体制を作ることでしょう。
人は老います。20代の頃は多くの方は健康です。しかし、悪い生活習慣や、わずかであっても検査値の異常をそのまま続けていれば、徐々に影響が蓄積され早ければ40代後半から大病をする人やパフォーマンスを崩す人も出てきます。一昔前の55歳定年だったころはそれでもなんとかなりました。会社はあと10年働く機会を作ればいいのですから。しかし70歳まで働くこれからの時代、そうはいきません。
老年医学によれば、年齢を重ねるごとに個人の差は大きくなります。同じ70歳であっても、体力が落ちたり軽度の認知機能の低下があったりして重要な仕事は任せられない人から、若手とほぼ互角の仕事ができる人まで、非常に幅広い差があります。この差の多くは若いころからの生活習慣(タバコ、酒、運動、睡眠、食生活など)や健康管理が要因と考えられています。
従業員は最低年1回健康診断を受ける義務があります。会社は、その結果次第では保健師や産業医による保健指導を実施し、治療が必要な場合は受診を促しましょう。会社にとって産業保健部門はコスト部門と見えるかもしれません。一方で、従業員の健康に1ドル投資することは会社に3ドルの利益をもたらすというアメリカの研究結果があります。健康経営という言葉もようやく人口に膾炙するようになってきました。就労年齢が高くなっていく今、健康経営は会社に大きな利益をもたらすと考えられます。
2.新型コロナの流行とテレワークの普及
ここ2年間、大学の授業は相当数がオンラインに置き換わりました。このため、出社するという働き方に慣れない若者が多く存在することが考えられます。また、テレワークの場合、上司から部下の様子が分かりにくいという欠点があります。ただしテレワークにも利点があります。通勤時間に伴うストレスが減り、睡眠時間や運動時間の増加につながるなどです。これらの状況を踏まえた健康管理対策のポイントは以下の通りです。
一つ目は、出社型の職場についてです。授業の多くをオンラインで受けてきた人にとって、身なりを整え定時に出社するということが、今までの新入社員以上に苦痛である可能性があります。このことをあらかじめ意識しておくことが重要です。
ついでテレワークについてです。出社していれば、わからないことがあった時は先輩や上司の手が空いた様子を狙って質問できます。一方、テレワークではそのタイミングがつかめず質問できない、質問するときにかなり勇気がいる、といった状況になりがちです。特に新入社員はコミュニケーションの不足からメンタル不調に陥りやすく、質問しにくいことがストレスとなり職を辞す人もいるほどです。上司は少なくとも1-2時間に1回は部下に声掛けをするよう心がけましょう。
また自宅の作業環境も大切です。新入社員は、床面に座ってちゃぶ台などで作業をしがちですが、これは腰痛の危険が極めて高く、もっとも避けるべき作業方法です。理想は、広い机、高さが調整できてひじ掛けのある椅子、適度な温湿度と明るさ、デスクトップのパソコンを装備することです。ただし、新入社員にとってこれらすべてをそろえるのは、スペース的、金銭的に難しく、まずは椅子の購入をお勧めします。
最後に、テレワーク従業員全般についてです。テレワークとはプライベートな場である家庭に仕事が侵食することです。そのため長時間労働になる、就業時間後も仕事のことが頭から離れずメンタル不調に陥る、といった従業員が少なからず存在します。テレワーク中の部下が身体的にも精神的にも健康な状態であるかどうかについて、上司はよく気を配りましょう。チェックポイントは、勤怠・服装の乱れ、仕事の能率低下などです。こういったことがあれば相談に乗るか、職場の産業保健職につなげてください。
プロフィール
1999年東京大学医学部医学科卒業。東京大学医学部附属病院助教などを経て、2011年4月から医療法人社団仁泉会としま昭和病院内科医として勤務。2015年に産業医事業を中心業務とする合同会社DB-SeeDを設立。2018年11月~現在 日本産業衛生学会代議員