時季指定権と時季変更権
労働者は、年次有給休暇の取得日(時季)を使用者に請求することができる権利=時季指定権を持っています。一方、使用者は、労働者からの請求に対し、事業運営に支障をきたす場合等は、他の日に変更してもらうことができる権利=時季変更権を持っています。
ここでのポイントは、(1)使用者は労働者からの請求を受け、 (2)事業の正常な運営を妨げる場合 に初めて「時季を変更する」というアクションを起こすことができるという点です。
気をつけなければいけないのは、使用者は、労働者からの請求に対し何にでもすべてに時季変更権が行使できるという訳ではありません。「事業の正常な運営を妨げる場合」とは、使用者が人員配置や代替要員確保などの策を講じ、労働者が年休を取得できるよう努力をしたが、結果として回避できないような場合をいいます。 今回の設問のケースにみられる、当日になって年次有給休暇を請求してきた場合は、使用者側は人員配置・代替要員確保等の策を講じる暇がないことが明らかです。当日に請求されたのでは、時季変更権を行使しようがありませんので、これを使用者が拒否したとしても正当な権利行使と考えられ違法とはなりません。
ちなみに、使用者側が時季変更権を行使したにも関わらず、労働者がこれを受け入れずに休んでしまった場合は、欠勤扱いとして処理しても問題はありません。 また補足ですが、欠勤した日を年次有給休暇に振り替える措置については、何ら労働法規に規定がありません。よって、労使の合意があれば差し支えないものと考えられています。
※用語解説‐事業の正常な運営を妨げる場合とは?
年休を取得する労働者の担当業務をはじめ、所属する部署や課・営業所などある一定程度の範囲内で、年休取得日における業務量が多く、会社運営に支障をきたすおそれがある場合や、同一日に複数の労働者が年休請求していた場合など、代替要員確保が困難な状況をいいます。ただし、常態として人員不足のため業務が繁忙である場合は、この正常な運営を妨げるケースには当たらないものとされています。
就業規則にキチンと請求手続が規定されていても、これまで当日の年次有給休暇を認めてきた場合は「労使慣行」とされてしまい使用者側は認めざるを得ないケースがあります。つまり、いくら就業規則にキチンとした定めがあっても、実態と乖離してしまっていては意味がありません。就業規則に手続規定を定めた場合は、実際の運用もこれに即して行うことが大切です。 過去の最高裁判例では… 当日請求された年休に対し、同じく当日に時期変更権を行使し認められたケース → 電電公社此花電報電話局事件 最高裁第一小法廷 昭57.3.18判決 があります。
会社は組織であって、常に予定や段取りを立てて動いています。突然その日に年休を請求されることは会社運営に支障をきたすおそれがある上に、労働者と揉めることが予想されます。こうした日常業務に無用である問題が起こる前に、病気など突発的な場合を除いて、年休の請求は少なくとも前日までにする旨、年休取得する際の請求手続(請求の流れ)をキチンと就業規則に定め、労働者に周知して規定運用をしていくことがトラブルの防止に繋がります。いずれにせよ、労働者への対抗手段として労使双方の根拠となる就業規則整備がこうした問題への事前対策の第一歩といえるでしょう。 < 社会保険労務士 佐藤正欣 >