<米澤社労士事務所 代表 特定社会保険労務士 米澤裕美>
人的資本経営と感情:エンゲージメントと幸福を追求する組織へ
「人的資本経営」は、従業員を単なる労働力としてではなく、企業に価値をもたらす「資本」と位置付け、その人の力を最大限に引き出すことで企業の長期的な発展を目指す経営の在り方です。具体的には、コンプライアンス、ダイバーシティ、組織文化、エンゲージメント、健康・安全・幸福、採用、人事異動、離職、スキルと能力、労働力の確保などのカテゴリが、人的資本経営で重要視されるポイントとして取り上げられます。本コラムでは、これらのポイントの中で特にエンゲージメントや幸福に関連する「感情」に焦点を当てて考察していきます。
人の感情が組織に与えるものとは?
この2年間、「人の感情」への関心がこれまでにないほど高まっています。新型コロナウイルス感染症対策により対面での交流が制限され、テレワーク環境では「孤独感」に起因するメンタル不調対策が重要なテーマとしてあがるようになりました。孤独感からメンタル不調が生じると、生産性が低下するだけでなく、メンタルケアや休業が必要となる場合、企業としての人的コストも増加します。
人は感情の生き物であり、やる気に満ちた状態で働くことで生産性は向上します。私自身、長年の企業勤務経験を経て、現在は社労士として複数の企業と関わっていますが、「感情」は働く上でとても重要視してきました。例えば、新規プロジェクトを進める際には、チーム内の感情を確認し、「不安」を払拭し、「やる気」を生み出すような意思統一の場を大事にしてきました。この過程を軽視すると、「不満」「不安」が蓄積し、部内で反発が生じ、プロジェクトが順調に進まなくなる経験も多々あったからです。
現在は複数企業の外部支援者として関わり、労務トラブルへの相談を受けることもあります。労務トラブルの根本には「感情」が大きな要素となっていると感じています。法的なアドバイス含めご一緒に考えることもありますが、表面的な問題にフォーカスし、潜んでいる感情を軽視すると問題が複雑化することも感じているところです。
一方で、安心感があり感情が安定した組織では、大きな労務トラブルが発生しにくく、生産性が高いと感じています。
新しい働き方と感情:テレワーク時代のコミュニケーション課題
この2年間で、テレワークの働き方も珍しくなくなりました。テレワーク実施者の約8割の人は、その働き方を継続したいというデータも出ています。通勤間の削減や、ITを活用した環境整備が可能であれば、オフィスに出勤せずにオンラインで会議や情報共有ができ、業務がスムーズに進んでいる企業も存在します。そのため、オフィスの規模を縮小する企業も増えています。しかし、一方で、「孤独」によるメンタル不調やコミュニケーションの課題も浮上しました。
ある企業経営者との会話です。「社員から、「同僚と感情を共有できず、相手の考えが分からない」という声が多く聞かれた。そこで登山をするというイベントを行い、同僚と登山を楽しんだことで、お互いの感情を理解しやすくなり、仕事のやりやすさにもつながるようになった。」との感想を聞きました。人と会うことで感情の交流をはかり、仕事のやりやすさにつながる人が多いことも認識されてきています。
テレワークが快適であり、特にメンタル不調に悩まされない人も多くいる一方で、孤独感からメンタル不調に陥る人もいます。そのため、コミュニケーションの工夫を重視する企業が増えており、社会的にも孤独と向き合う方法に関する著作も増えています。
おそらく、これほど「孤独」や「感情」について向き合った2年はこれまでなかったでしょう。感情は仕事をする上で重要な要素であることがより明確になりました。