<つまこい法律事務所・弁護士 佐久間 大輔>
働き方改革を実行するためには、単に法令を遵守するだけでは足りない。長時間労働防止やメンタルヘルスケアを実現するには、職場環境を改善することが必要だ。改善にあたっては、「業務の平準化」と「良好な人間関係の構築」という2つの観点から検討するとよい。この観点をもとに、職場全体での話し合いや、従業員参加型のワークショップを実施することが有効である。
◆「業務の平準化」と「良好な人間関係」を検討課題にする
従業員が健康的に働きながら、仕事への達成感や満足感といった積極性を引き出す要因(内発的動機づけ要因という)を高めていくために、職場に長時間労働を容認する風潮があれば、その組織文化を見直す必要がある。とはいえ、企業組織レベルの変化には時間を要するので、中期的な課題として位置づけるべきである。
しかし、職場集団レベルまたは従業員個人レベルで、長時間労働の実態が認められれば、これは短期的な課題として喫緊に解決しなければならない。
そのためにはまず、企業の経営者が労働時間を適正に把握し、長時間労働を是正して、メンタルヘルスケアを実施する旨の方針を表明することが肝要である。経営トップが方針表明することで、自主的な安全衛生活動に、時間・予算・人材を使う正当性が生まれ、従業員個人レベルにまで、トップの経営方針が浸透することになる。
しかしながら、現場の意見を反映しなければ、実効性は期待できない。長時間労働の防止やメンタルヘルスケアを実現するために、何を改善すべきか不明な場合は、「業務の平準化」と「良好な人間関係」の構築を検討課題に設定するとよい。
この2つの課題と現状とのギャップを埋めるため、ストレスチェックの集団分析結果を活用しつつ、業務の内容や分担の適正化、職場の支援態勢などについて管理監督者がリーダーシップを取り、職場全体での話し合いや従業員参加型のワークショップを実施することが有効とされている。少なくとも従業員からのヒアリングは不可欠だ。
こうした従業員参加型の職場環境改善が有効とされるのは、従業員は職場の強みや課題、解決策を知っているので、職場環境改善の前提となるアセスメントが可能となるからである。
また、従業員自身が参画することで、個人レベルの知識・スキルも、よりよい方向へ修正されることになる。それに伴って、職場集団としての組織学習や職場内外での水平展開も行われる。
さらには、職場におけるコミュニケーションが活性化し、上司や同僚とのサポート態勢も強化され、メンタルヘルス不調の予防に役立つとともに、従業員個人レベルにおいて、企業組織の共通目的を達成するために協働する意欲(貢献意欲)も高まるだろう。
従業員参加型の職場環境改善において大切なことは、管理監督者はあくまでもサポートに回り、部下のニーズや個性の把握に徹することである。
◆コミュニケーションの活発化で長時間労働を是正する
長時間労働の是正方法を検討するには、従業員参加型のワークショップを実施し、産業医、保健師や衛生管理者(衛生推進者)といった産業保健スタッフ、また弁護士などを助言者として集め、優先して解決すべき長時間労働の要因を抽出することが大切だ。
・すぐに対策を実施すべき事項
・段階的に対策を実施していく事項
・当面は研修などで対応する事項
上記の3項目に分けて、具体的な改善策を検討するとよい。実施可能な対策から実行して効果を把握し、その都度改善を図っていくといった、いわゆるPDCAサイクルを回していくのだ。
改善策は難しく考える必要はなく、定時退勤日の設定、年次有給休暇を取りやすい環境づくり、年休取得状況の見える化、定期的なミーティング、職場日誌によるコミュニケーションの促進などの例がある。
コミュニケーションを取りやすくするために職場のレイアウトを変更したり、「立ち会議」を実施したりするなど、手軽なものでよい。大人数での会議が必ずしも効率的とは限らないので、少人数のミーティングの場を設け、適時に打ち合わせができるようなテーブルや椅子を配置してもよい。
問題点の抽出と解決は必要だが、それだけでは足りない。どうしても悪い結果が出た部門から問題点を指摘したくなるが、それでは職場環境の改善に向けたモチベーションが下がる可能性がある。
職場のよい点を挙げ、よい結果が出た職場を評価する。そして、悪い結果が出た職場を責めずに良好事例を教示しつつ、より積極的に、どのような職場にしていきたいのかという視点も加えて、多角的に検討するとよいだろう。
そうすることで、従業員個人レベルのストレス対処となるだけでなく、職場集団レベルのストレス要因も除去される。これを継続することで、企業組織全体の改善につながっていく。
職場環境改善の結果は、全社分まとめて少なくとも年に1回は経営トップに報告することが望ましい。健康的な働き方の追求するためには、経営層からのトップダウンと、職場からのボトムアップの両者を有機的に関連づけることが必要だ。いずれか一方だけでは、奏功しないだろう。
プロフィール
弁護士 佐久間 大輔
労災・過労死事件を中心に、労働事件、一般民事事件を扱う。近年は、メンタルヘルス対策やハラスメント防止対策などの予防にも注力しており、社会保険労務士会の支部や自主研究会で講演の依頼を受けている。日本労働法学会・日本産業ストレス学会所属。著作は、「過労死時代に求められる信頼構築型の企業経営と健康な働き方」(労働開発研究会、2014年)、「長時間労働対策の実務 いま取り組むべき働き方改革へのアプローチ」(共著、労務行政、2017年)など多数。