<株式会社WBC&アソシエイツ 大曲 義典/PSR会員>
仕事空間としてのオフィスの在り方を考えたことはあるだろうか。ある時期から、いわゆる「オープンオフィス」が主流となっていることは、リアルタイムで働いている読者ならおわかりだろう。もちろん、オープンオフィスのメリットがあるために、そのようなオフィス環境になっているのだろうが、最近では弊害も出ているようだ。今回は、企業における仕事の変容とオフィス環境のあり方を考えてみよう。
◆仕事の質の転換
製造業を例にとれば、トヨタに代表される日本企業は戦後のある時期から世界をリードしてきた。それは、世界の生産管理分野では主流を占めるまでになった「トヨタ生産方式」が主因といえよう。このトヨタ生産方式を導入し、品質管理教育を徹底し、そのための効果的な生産技術開発と設備投資を行うことにより、日本企業は極めて強い国際競争力を獲得することができた。つまり、作るモノはともかく、一定のモノを高品質・低価格で量産・コピーし海外へ輸出する分野において、日本は世界を席巻してきたわけだ。まさに、我々が慣れ親しんだ「Made in Japanモデル」の誕生である。
しかし、この「Made in Japan モデル」も終焉を迎えつつある。なぜなら、この「Made in Japan モデル」が世界に模倣されて、独自性が薄まったからである。程度の差こそあれ、今日、「Made in Japanモデル」 の手法に関しては、世界と日本の本質的な差はなくなってきている。幸か不幸か、トヨタ生産方式 + 日本的品質管理は日本人だから上手にできるなどという類いのものではなく、民族・国に関係なく導入できる「科学的な手法」だったからである。
このように、世界のどこであっても変わらぬ品質の製品を作ることができるようになれば、先進諸国間の勝負の分かれ目は、設計情報の創造、つまり製品開発に移ることになる。製品が売れるか、売れないのか、会社として利益を十分に出せるか出せないかは、量産工場で作られた製品の質はなくて、広い意味での設計・デザインに委ねられるといっても過言ではない。付加価値の源泉が、製品開発プロセスへ移行してきたわけだ。例えば、アップルのiPhoneの裏面には「Designed by Apple in California,Assembled in China」(最近では、これも省略されているようだ)と刻印されている。これはアップルがシリコンバレーでデザイン(設計)し、台湾のフォックスコンが中国の工場で組み立てていることを意味している。もちろん、一番儲かっているのはアップルだ。
このように、グローバル化した付加価値連鎖の大変革の時代に、企業に求められるのは豊かな発想力を持ったクリエイティブな社員であり、その社員を活かす経営である。グーグルやアップルが、ハード(職場環境)・ソフト(人材育成や組織開発)を含めた、社員のパフォーマンス向上に血眼になっているのも頷けよう。これは何もグーグルやアップルに限った話ではない。また、製造業に限った話でもない。今後の日本企業に漏れなく求められる仕事の質の転換だといえよう。
◆オープンオフィスは知的創造活動には向かない
壁や仕切りがなく、多くの社員が1つの部屋の中で机を並べて仕事をするようなオフィスのことをオープンオフィスという。どれくらいの企業が、このオープンオフィスを採用しているか分からないが、感覚的にはかなりのシェアを占めているのではないか。設備投資が安上がりで、社員の単純な事務作業や人海戦術的な仕事に極めて親和性が高いのがオープンオフィスだ。また、社員同士のコミュニケーションもとり易く、場合によってはセレンディピティに優れていることもあろう。さらに、周囲からの監視の目が意識されるからハラスメントも起こりにくいかもしれない。このようなメリットはあるにしても、クリエイティブな仕事が求められる職場には適合しないようだ。
最近のオープンオフィスに関する実証的研究によると、1.集中力が落ちる、2.プライバシーを侵害する、3.コミュニケーションの質が低下する、4.メンタル疾患の予備軍を醸成する、5.睡眠の質が低下する、などの弊害が報告されている。
1.集中力の低下
ワンフロアーの大部屋では、周りの声やPCのタイピング音などの雑音が多い、周りの同僚との会話に引きずり込まれてしまう、フロアーを動き回る同僚の姿が視界に入ってしまう、同僚の手助け仕事が多くなり自分の仕事との往来が増えてしまう、といった仕事への集中力を阻害する要因が多い。
2.プライバシーの侵害
オープンオフィスは、構造的にプライバシーを持っていないため、集団に参加する・しないの自己決定権がない。心理的なプライバシーの有無は高いパフォーマンスや満足感に直結していると言われており、その欠如は、常に何らかの雑音にさいなまれ、ストレスを高じさせることになる。特に、最近の若年者は子どもの頃から個室をあてがわれて育っており、また女性は男性以上にプライバシーに敏感である、ことも問題を大きくする。
3.コミュニケーションの質が低下
オープンオフィス内でコミュニケーションをとるとき、その内容は「薄っぺら」なものになりやすい。周りに多くの「耳」の存在を意識するからである。逆に言えば、チーム内で本音で議論する機会が減少してしまう。
4.メンタル疾患の温床
内向的な性格の人は最もプライバシーに敏感、かつ必要とする人であるから、オープンオフィスはその内向性をより強化してしまう。また、バックグランドノイズは内向的な人の注意力をより散漫にしてしまう。特に、メランコリックな不安定性内向的(心理学者:ハンス・アイゼンクの分類による)な人は、慢性的に覚醒過剰で神経が過敏な状態なので、最適なレベルのパフォーマンスのためには落ち着いた状態と静けさを必要とするといわれている。それらの人は、一定の許容範囲を超えてしまうとメンタル疾患の予備軍に陥りやすい。
5.睡眠の質の低下
オープンオフィスの執務デスクの多くは自然光が入る窓から遠い位置にある。自然光のない環境で働く人は、そうでない人に比べて、1時間あまりも睡眠時間が短いことがわかっており、また、人工的な照明を受け続けた人は睡眠の質も低下する、ともいわれている。ドイツでは、窓からの採光と眺望の確保を法的に規制しているほどである。
◆オフィス環境の改善は検討する価値あり
このように、オープンオフィスは仕事のパラダイム転換の下では非効率な空間であるのかもしれない。さらに、女性や外国人ワーカーの増加といったダイバーシティ化していかざるを得ない状況では、なおさらである。
多くの資金を投じる必要はないが、まずは社内アンケートで社員の意識や意向をくみ取ることから始めてもいいだろう。その後は、オフィス環境改善を担当セクションだけで取り組むのではなく、ダイバーシティ化した「CFT(クロス・ファンクショナル・チーム)」を組織し、社員を改革に参画させることが重要だ。人間は自らが決めたことには主体的に取り組む性癖を持つ。この手法は、経営者が思っている以上に効果が上がるだろう。
現在の執務環境がオープンオフィスで、かつ今後クリエイティブな仕事への変革が必要な企業は、まずオフィス環境の改善から始めてみよう。もしかしたら、ドラスティックな好ましい変化が起こるかもしれない。
プロフィール
株式会社WBC&アソシエイツ(併設:大曲義典 社会保険労務士事務所)