<いろどり社会保険労務士事務所 代表 内川 真彩美/PSR会員>
2022年4月から不妊治療の保険適用が始まりました。個人の治療に関することのため、保険適用開始により会社の手続きが増えるということはありませんが、これを機に不妊治療を考える方が増えることも考えられます。不妊治療は精神的負担も大きく、会社に伝えないまま両立をしている人、両立ができず離職してしまう人も見られます。このタイミングで、企業も最低限の知識を押さえておきましょう。
約5.5組に1組の夫婦が不妊の検査や治療経験がある
国立社会保障・人口問題研究所の2015年の調査によると、不妊の検査や治療経験のある夫婦は、約5.5組に1組と言われています。この数字だけを見ると不妊治療は決して珍しいことではなく、皆さんの社内でも数人は該当しているのではないかという値です。
一方で、同調査では「自社で不妊治療を行っている従業員がいるかどうか」に対し、「わからない」と回答した企業が6割を超え、「いる」と回答した企業でも、7割の企業が支援を行っていない実態が明らかになっています。その理由として1番多いものが、「支援の要望が表面化していないため」となっており、多くの企業は自社の不妊治療と仕事の両立の実態を把握できていないことが見て取れます。
とはいえ、労働者側の調査では「不妊治療をしているということを周囲に話しづらい」との回答が8割を超えており、そのうちの半数以上が「職場の理解が少なくわかってもらえなさそう」と回答しています。
この調査から、労働者は不妊治療のことを言い出しにくく、会社も実態を把握できていない状況がわかります。不妊治療はプライバシーに関わる内容な上にセンシティブな話題でもあり、労使双方がどこまで踏み込むかは難しいところです。しかし、不妊治療経験のある方の4割が不妊治療との両立が困難なことを理由に転職や退職などにより働き方を変えたとの結果も出ており、不妊治療が企業の人材定着に与える影響は小さくありません。
また、不妊治療というと対象は女性だと考えがちですが、WHO(世界保健機関)によると、不妊の約半数は男性側に原因があるとされていることも知っておきたいポイントです。
不妊治療の基礎を知ろう
保険適用になる治療は、一般不妊治療(タイミング法、人工授精)と、生殖補助医療(体外受精、顕微授精、男性不妊手術)で、これらに加えて実施されることのあるオプション治療でも、保険適用や保険と併用されることになります。
不妊治療は頻繁に通院が必要になる治療です。治療内容は個人によるので一概には言えませんが、女性は月経周期(25~38日)ごとに2~10日程度、1日につき1~3時間の通院が目安だと厚生労働省のガイドラインでも解説されています。特に、一般不妊治療は排卵周期に応じた通院が必要なため、事前に通院日を決めておくことが困難なケースもあります。また、治療によっては、頭痛やめまい、吐き気といった身体的負担がかかる上、大きな精神的負担がかかることも知っておきたい内容です。
これらの負担に加えて大きいのが、経済的負担です。今回の保険適用には年齢などの一部制限が設けられているものの、今まで保険適用外だった治療が窓口で3割負担になります。これを機に、自身の治療について考える夫婦が一定数増えることは想定に難くないでしょう。
企業がサポートする場合にはどんなことができるか
先の調査では、企業にどんな支援があったらよいかという項目で、以下のような結果が出ています。
管理職やその他従業員の啓発活動(研修) 31.4%
柔軟な有給休暇制度 19.5%
休業(休職)や再雇用制度 17.8%
フレックスタイム制度 9.6%
時間単位の有給休暇取得制度 8.9%
「柔軟な有給休暇制度」とあるように不妊治療のための休暇を導入する企業もありますが、「会社には伝えたくない・言いにくい」という方が多いという調査結果を見ると、単に「不妊治療休暇」制度を導入しても使われないものになりかねません。そのため、年次有給休暇とは別に取得理由不問の休暇制度を設ける企業や、年次有給休暇の有効期限が切れた未使用日数分を積み立てる「積立年休制度」を設ける企業が多くあります。
また、休暇制度導入までは難しい企業でも、休職制度や再雇用制度、フレックスタイム制や時間単位年休があればそれだけでも助かるという声も多いです。これらの制度は不妊治療だけでなく、育児・介護・その他の治療との両立支援でも有用な制度のため、導入や運用もしやすいと考えます。
制度導入を検討する前に、まずは自社の実態を知るために社内アンケートをとるのもよいでしょう。治療のことを公にしたくない方も多いため、匿名での実施を推奨します。匿名でのアンケートでも、不妊治療を考えている・実施している従業員が自社にどれくらいいるのかを知ることができますし、どんなサポートがあったら良いか、どんなことに悩んでいるか等も把握することができます。
とはいえ、企業としてはどこまで踏み込んでいいか難しく、制度導入はできても、周知や啓発がしにくいこともあると思います。社内での対応が難しければ、産業医に医師の視点から研修を実施してもらうことも一案です。さらに最近では、妊活・不妊治療専用の福利厚生サービスも出てきているため、そういった専門家と連携しながら推進していくことを検討するのもよいでしょう。
まとめ
不妊治療の保険適用に加えて改正育児介護休業法の施行もあり、社会は間違いなく少子化対策と仕事の両立を支えようという流れにあります。従業員の要望に100%合わせる必要はもちろんありません。
しかし、自社でも不妊治療で悩んでいる従業員がいるかもしれないということ、それを理由に離職する方が一定数いるという事実は頭に留めておきたいものです。そして、まずは自社の実態を把握するところからでいいので、不妊治療と仕事の両立支援について、この機に考えてみてほしいと思います。
プロフィール
いろどり社会保険労務士事務所(https://www.irodori-sr.com/)代表
特定社会保険労務士 内川 真彩美
成蹊大学法学部卒業。大学在学中は、外国人やパートタイマーの労働問題を研究し、卒業以降も、誰もが生き生きと働ける仕組みへの関心を持ち続ける。大学卒業後は約8年半、IT企業にてシステムエンジニアとしてシステム開発に従事。その中で、「自分らしく働くこと」について改めて深く考えさせられ、「働き方」のプロである社会保険労務士を目指し、今に至る。前職での経験を活かし、フレックスタイム制やテレワークといった多様な働き方のための制度設計はもちろん、誰もが個性を発揮できるような組織作りにも積極的に取り組んでいる。