<寿限無経営コンサルティング 代表 福田 惠一/PSR会員>
日本の賃金はこの20年にわたってほぼ横ばいで推移しています。長らく深刻なデフレが続き、賃上げ条件が整わなかったためといえます。しかし、昨今は資源や食料関連に止まらず諸物価の値上がりが続き、いよいよインフレ時代に突入かとの勢いです。今後、久しく実施されなかった本格的な賃上げをどう実施するか、そろそろ準備が必要な状況になりつつあると言えます。
1. 賃金テーブル表による昇給方法の不具合
現在日本では、比較的多くの会社で資格等級制度のもと、「賃金テーブル表」(段階号俸表と呼ばれます)による昇給が採用されています。この賃金テーブル表では、新卒採用者の初任基本給額を「1等級1号」としてスタートさせます。1号以降、一定の金額(ピッチと言います)ずつ加算し2号、3号とします。2等級に昇格後も、2等級の初号から同様に加算していきます。但し、ピッチは等級毎に変化させます(【表1】)。
そして、考課ランクを「S、A、B、C、Ⅾ」の5段階とした場合、「Sの場合は5号昇給」「Aは4号昇給」「Bは3号昇給」「Cは2号昇給」「Ⅾは1号昇給」というふうに、考課ランクによって昇給号数にメリハリを付けます。この昇給の仕組みを社員に公表することで、社員のモチベーションアップを図ろうとするものです。
ところが、この場合考課ランクが決まれば昇給額そのものが決まってしまうため、会社業績が悪いとき等、昇給合計額と昇給原資が一致しないことがしばしば発生します。そのときには、多くは個々の社員の考課ランクを調整することで昇給原資に合わせます。結果的に、当初の考課ランクと昇給額が一致せず、社員に不信感を持たせることになってしまいます。それを回避するため、賃金テーブル表を社員に公表せず、社員からは昇給の仕組みがブラックボックス化されている会社も少なくありません。
また、過去のインフレ時代には物価上昇を反映してベースアップするときは、その都度賃金テーブル表の金額を書き換えしないといけないという負担も会社にありました。
2.ポイント昇給表の作成とメリット
以上を踏まえ、インフレ動向を反映しながら、人事考課結果に基づく各社員の昇給総額と昇給原資(会社が昇給に充当可能な金額)を合致させ、効率的に昇給額を決定できる「ポイント昇給表」による昇給方法を紹介します。
(1)「ポイント昇給表」の作成方法
ポイント昇給表による昇給の大きな特徴は、「まず昇給原資ありき」とするところです。会社が決めた当期の昇給原資を、昇給ポイント(各社員の等級と考課ランクにより決まった)の合計で割ります。これが、当期のポイント単価となります。つまり、昇給原資をいくらにするかによって、ポイント単価を変化させるのです。この結果、考課ランクを素直に反映しつつ会社の業況に見合った昇給が実現します。
具体的なポイント昇給表の作成方法をご説明します。ポイント昇給表は、賃金テーブル表を基に作成します。最初に、賃金テーブル表の「考課ランクがSのときの昇給額」、「Aのときの昇給額」、「Bのときの昇給額」、「Cのときの昇給額」、「Ⅾのときの昇給額」を各々1,000で割り、昇給ポイントとします。次に、等級と考課ランクの2つ側面から、昇給ポイントを組み込んだマトリックス表(【表2】)にします。また、各等級の下限額は賃金テーブル表の初号、上限額は最上位号数の金額とします。
では、当期の昇給原資はどう決めるのか。まず、「通常の経営状況(利益水準)のときの昇給原資」を、全社員が考課ランクBを取ったときの昇給ポイント合計に1,000円を掛けた額とします。そして当期の昇給原資は、通常時の昇給原資に、「通常時の利益額」に対する当期の利益額割合(当期利益額÷通常時の利益額)を掛けて求めます。インフレが進行している場合はインフレ追随率も掛けます。この場合、あくまでも利益額割合や追随率の決定権限は会社にあります。この点がこの仕組みの肝です。
こうして求めた当期のポイント単価に、各社員の昇給ポイントを掛けて昇給額を計算しますので、自ずと各社員の昇給合計額と昇給原資が一致するわけです。
賃金テーブル表とポイント昇給表による昇給方法の違いを比較して図に示します。
(2)ポイント昇給表のメリット
①人事考課の納得感が高まる
社員に対してポイント昇給表と等級毎の上限下限額を明示したうえで、考課ランクをそのまま反映して昇給させるので、社員の人事考課への納得感が得られます。賃金テーブル表による場合と比べ、フィードバックがしやすいというのは、考課者にとっても大切なことと言えます。
②昇給原資の決定は会社判断で決められる
利益水準とインフレ追随率に基づき、会社が昇給原資を決定しますので、毎年、経営状況等に応じた昇給ができます。
③インフレ対応が容易
インフレは、追随率により容易に反映できます。賃金テーブル表による場合のような書き換えは不要です。但し、インフレ率を決める基準の年を決める必要があります。
(3)ポイント昇給表の不具合と指摘される点への反論
➀昇給原資が会社の恣意的な判断で変化してしまう
社員に対して、当期の収益状況と追随率についての算出根拠をできるだけ明示し、昇給原資、ポイント単価決定の恣意性を極力小さいものにします。
②収益状況によって、同じ考課ランクでも実際の昇給額が異なるのは不公平
確かに同一等級に留まる間は、ポイント単価の低い昇給が続くと昇給幅は小さくなります。しかし、ポイント単価が低いのは業績を反映し結果であり、又、昇格すれば昇格後の等級の下限額まで昇給させるので、遅れを一気に取り戻せます。
3.結論
実際に私が制度導入の支援をした中小企業約60社の3分の2以上の会社が、このポイント昇給表を選択しました。今後、インフレ下で、本格的な昇給が求められることが十分予想される中、「ポイント昇給表」による昇給がご参考になれば幸いです。
プロフィール
金融機関にて営業・融資を担当後、同総合研究所で人事金制度構築コンサルの経験を積み、退職後「寿限無経営コンサルティング」を開業。上場会社総務顧問も経験。経営の観点と社員の双方にとっての望ましい労使関係構築支援のため、人事・賃金・考課制度の整備、人事労務トラブル対応、紛争予防のための社内規程整備、マネジメント研修・ハラスメント研修等社員各層への研修、各種助成金申請支援等に注力。