<社会保険労務士法人出口事務所 出口裕美/PSR会員>
新型コロナウイルス禍の中、テレワーク(在宅勤務)が急激に普及しました。準備をする時間もなく、とりあえず導入した企業もあったのではないでしょうか。確かに、これほど長期間、テレワーク(在宅勤務)をすることになるとは想像していなかったかもしれません。一方で、テレワーク(在宅勤務)の課題も明らかになってきました。今回はその一つである「つながらない権利」について考えてみたいと思います。
「つながらない権利」とは
「つながらない権利」とは、従業員が勤務時間外に、仕事上の電話・メールなどの一切の連絡を拒否できる権利のことをいいます。つながらない権利は、海外で先行して議論されていますが、日本でも同様のことが労使トラブルの原因として注目を集めています。
つながらない権利が注目されるようになったきっかけは、フランスで2017年1月から施行された法律です。この法律は、従業員数50人以上の企業を対象に、勤務時間外の従業員の完全ログオフ権を定義する定款の策定を義務付けるものです。従業員の完全ログオフ権とは、メールなどのアクセスを遮断する権利のことであり、使用者と従業員らで勤務時間以外のメール等によるコミュニケーションを制限する方法を協議し、そのやり方を定めることなどが求められています。
このつながらない権利は、企業に対して従業員の勤務時間外にメールなど送信することを禁止するものではなく、あくまで従業員がその対応を拒否することを保障するものです。法律の施行時点では罰則規定などは設けられていないものの、つながらない権利を侵害された場合には従業員は訴訟を起こすこともできるようになっています。
働き方の変化によって、仕事のオンとオフの境界線が曖昧になってしまうことへの懸念から、今回のような法律が制定されたという背景があります。
就業時間外に業務に関する連絡があったときの対応
NTTデータ経営研究所の調査によると、就業時間外の緊急性のない業務連絡について「対応したいと思う」が18.6%、「対応するのはやむを得ないと思う」が46.7%でした。
参考資料:株式企業NTTデータ経営研究所「就業時間外の連絡に対する従業員の意識 (つながらない権利)」
(https://www.nttdata-trategy.com/assets/pdf/newsrelease/210423/Surveyresults_0423_02.pdf)
日本はもともと仕事とプライベートの境目があいまいで、時間外の業務連絡にも抵抗感がない傾向があります。業種や労働条件の契約にもよりますが、時間外の業務連絡があるのであれば、労働条件通知書や就業規則などに明記し、従業員に周知徹底することでトラブルを未然に防ぐことが必要です。
緊急の必要から、どうしても連絡をしてしまったというケースにおいて、連絡をする側の十分な配慮が必要であるとともに、その時間を「労働時間」とすることはもちろん賃金面でも保証をしなければなりません。
つながらない権利を侵害するのは、上司の立場にある人や取引先の人です。上司の立場にある人が連絡をしなければつながらない権利の侵害は起きづらくなりますので、管理職への教育・研修をすることが最適です。その他、取引先の人の場合については、契約内容を明確にしておくことや、つながる必要のない体制を作る必要があるでしょう。
仮に企業側が、「勤務時間外も電話に出ること」、「勤務時間外もチャット・メールに1時間以内に返信すること」などのルールを定め、つながり続けることを求めた場合、その時間がすべて「労働時間」となる可能性があります。
「労働時間」とは、「企業の指揮命令下にある時間」であるとされます。このように労働からの解放されていない待機時間を「手待ち時間」といい、「労働時間」と判断されます。
「労働時間」が「1日8時間、1週40時間」を超えると、企業は従業員に対して残業代を支払わなければなりません。
明確な社内ルールや指示によって「つながる」ことを強要しなくても、「つながり続けている」ことを理解しながら放置した場合も、「黙認」したものとして「労働時間」と判断されます。
このように、労働時間が長くなることで安全配慮義務違反にもなりますので、企業としては、「つながらない権利」を尊重する方針を明確に表明し、勤務時間外は業務端末を強制的にシャットダウンするなどICTを活用し就業時間外にはつながらない環境にすることが有効です。
プロフィール
社会保険労務士法人出口事務所
(https://www.deguchi-office.com/)
代表社員
特定社会保険労務士 出口裕美