公的年金の「表と裏」 ―― 経営者も社員も知っておきたい実相とは(前編)
<株式会社WBC&アソシエイツ 大曲 義典/PSR会員>
公的年金だけでは老後の生活資金が2,000万円不足するという金融審議会の市場ワーキンググループの報告書が、物議を醸している。この報告書の内容自体は何ら間違ってはいない。筆者などは、2,000万円で大丈夫なのかと思ったくらいだ。
これを受けて公的年金の「100年安心」が壊れたと指摘する向きもあるが、とんだ勘違いか確信犯だ。「100年安心」とは「今後100年にわたって年金制度は維持できます」という意味であり、「国民の老後生活を年金だけで100年保障します」ということではない。自公政権が2004年に行った、年金制度改革後のセンセーショナルなスローガンに過ぎない。
大多数の国民は、老後の生活資金が公的年金だけで賄えるとは思ってもいない。そうかと言って、公的年金制度が「100年安心」だとも考えていない。国民の漠然とした公的年金制度に対する認識を、具体的に解き明かしてみよう。
◆公的年金の仕組と支給額
公的年金には「国民年金」と「厚生年金」がある。65歳からの平均支給額はざっくり言えば、「厚生年金」が月額7~8万円、「国民年金」が月額5~6万円である。
「厚生年金」は、一定の被用者が加入する保険制度で、加入した期間とその間の報酬額によって年金額が算定される。40年加入を前提とすれば、最も多い人でも月額23万円ほどである。たとえ、孫正義さんや柳井正さんのような高額所得者であったとしてもだ。
それは、年金保険料の算定に使用される標準報酬月額や標準賞与額には上限が設定されており、支給額の算定にもその数値が使用されるためだ。もちろん、算定時の現在価値に再計算して使用されることは言うまでもない。
ちなみに、「厚生年金月額7~8万円」というのは、20~60歳までの40年間の賞与を含めた平均標準報酬額(現役時代の収入)が月額30~35万円の人たちである。なお、厚生年金に加入している被用者は、同時に国民年金にも加入したことになるが、徴収された厚生年金保険料の中から、国民年金保険料見合いの拠出金が「基礎年金勘定」に拠出される仕組みとなっている。従って、被用者が国民年金保険料を納付することはない。
一方、「国民年金」は自営業者などが加入対象で、現役時代の報酬の多寡に関係のない定額の制度である。20~60歳までの40年間で、加入した期間に応じた支給額となる。40年間加入した場合は、満額の年780,100円(2019年度価格)が支給される。従って、「国民年金」の平均支給額が5~6万円というのは、その加入期間が30~37年ということを意味する。
◆公的年金の実質的所得代替率
夫婦2人での受給額を、前述の平均支給額で算定すれば、夫が「厚生年金8万円+国民年金6万円」、妻が「国民年金6万円」の合計で月額20万円である。何とか生活は成り立つかも知れない。
しかし、運悪く妻が亡くなってしまうと、夫の年金は月額14万円だけになってしまう。逆に、夫が亡くなってしまうと、妻の年金は「遺族厚生年金6万円+国民年金6万円」の12万円だ。このように、公的年金の支給額は国民の思いとは裏腹に、非常に低額である。厚生労働省が公表する標準モデルを、夫婦二人世帯としているのは、穿った見方をすれば、個人単位での低額な年金を隠蔽するため、とも言えよう。
また、厚生労働省は「所得代替率」という表現をよく使うが、これは年金支給額が現役時代の収入に占める割合を意味する。前述の通り、現役時代の収入に連動するのは「厚生年金」だけであるから、「厚生年金」支給額に限定した所得代替率であるべきだ。ところが、これにとどまらず定額制の「国民年金」、さらに妻とはいえ、他人の「国民年金」までをも算入して、所得代替率を算定・公表している。加えて、計算式は「年金額(税引き前)/現役時代の収入(税引き後)」とされており、分母と分子の数値に整合性もとれていない。
このようにフェイク的な要素の多い所得代替率であるが、「現役時代の手取り収入35万円」に対し、「夫婦の年金総額20万円」とした場合、その所得代替率は57%となる。これを個人単位で算定すると、「現役時代の手取り収入35万円」に対して「厚生年金総額8万円」であるから、所得代替率は23%に過ぎない。定額制の「国民年金6万円」を加えても40%だ。
このように、厚生労働省が標準モデルとしているケースでは、現在の所得代替率は60%と高く算定されるのだが、単身世帯では国民年金を加算しても40%に過ぎないことを理解しておかなければならない。
また、この割合に過度に反応しないことだ。なぜなら、老後の年金受給額と現役時代の収入額の割合を、個人単位で正確に弾いたものではないからである。
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株式会社WBC&アソシエイツ(併設:大曲義典 社会保険労務士事務所)