<株式会社WBC&アソシエイツ/社会保険労務士・CFP® 大曲 義典/PSR会員>
妊娠中の従業員に対する差別は法律で禁止されているが、実際には妊娠を理由に不利な取扱いをしている例が少なくない。それらをハラスメント(マタハラ)と称して、通り一遍の対策が施されていることは周知のとおりだ。
ただ、それに欠陥があることに気づいている人は少ない。確かに、給与や昇進といったキャリアに対する悪影響を是正することには貢献しているだろう。しかし、妊娠・出産等に対する不当な差別によって母体そのものが受けるストレスによる悪影響や、生まれてくる新生児に対する悪影響まで思いを致している制度とはなっておらず、それに気づいている人もほとんどいない。特に母体に対しては長期的にも悪影響を与え、よく知られた「産後うつ」のリスクが高くなることは、医学的にも明らかにされている。また、生まれた新生児の体重の低下や妊娠期間の短縮なども明らかになっている。このような潜在的な弊害を除去し、職場の妊娠・出産差別を防止するには、会社そのものやリーダー、マネージャーが見識を深くすること、具体的なアクションを起こすことが欠かせない。
本稿では、そのための効果的な方法について考えてみたい。
会社はインクルーシブな組織文化を育む使命
まず、会社のインフラとしてインクルーシブな組織文化を育てることが必要だろう。インクルーシブとは、「仲間はずれにしない」「みんないっしょに」という意味であるが、組織を構成するすべての人が、多様な属性やニーズを持っていることを前提として組織運営することをいう。先行して取り組まれているのは、障害者教育に関する教育分野であるが、いまやそれが一般化している。
従業員のジェンダーや健康、妊娠など多様な状況に目を向けて、インクルーシブな行動をとることは、従業員から歓迎され、会社から大切にされていると受け止めてくれる。そうすれば、あらゆる属性を持った従業員が活躍できる可能性を、さらに高めることができるはずだ。妊娠中の従業員の体験について意識的に質問したり、彼女らが言いたいと思われる意見に積極的に耳を傾けたりすることができる環境を整えれば、インクルーシブな組織文化を構築することができるだろう。インクルーシブな組織文化をつくることは、妊娠中の従業員の心理的安全性を醸成し、それを維持するために欠かせないものであり、会社は研修等の機会を設定し、全社的に取り組まなければならない。
リーダーはワークライフバランスを率先垂範するのが使命
リーダーは、リモートワークやフレックスタイム制など会社が用意した制度を熟知し、フレキシブルな働き方を提示することで、妊娠した従業員をサポートすることができる。そうすれば、従業員は仕事とプライベートの責任の両方に対処しやすくなり、ストレスが軽減するだけでなく、仕事上でも優れたパフォーマンスにつながるだろう。
ただ、妊娠中の従業員は、自分がフレキシブルワークを選択すると、周囲から「仕事に本気で取り組んでいない」と思われるのではないか、あるいはキャリア上、何らかの不利益を被るのではないかと懸念し、利用をためらうこともある。その際、リーダーは、フレキシブルな働き方は一部の特権ではなく、誰もが享受できる権利だというマインドセットを根付かせるキーパーソンとならなければならない。リーダー自らが会社のリソースを利用して、自分の私生活と仕事上のニーズを満たし、健全なワークライフバランスの模範を示すことができれば、制度の利用が奨励されているというシグナルともなる。
マネージャーは寄り添うのが使命
マネージャーは、妊娠中の従業員に対して、仕事面で必要なサポートをすることで、妊娠期間中のストレスを低減できる立場にある。従業員が妊娠した場合、妊娠初期から安定期までと幅を持って職場に報告されることが多い。そして、マネージャーは、その最初の報告相手となる可能性が高い。従って、マネージャーの最初の反応がその後の処遇に関する印象を左右し、妊娠中の従業員が受けるストレスに影響を与える。従業員から妊娠の報告を受けた時、協力的な姿勢で応じることが重要であり、マネージャーが会社の支援制度を事前に把握していることは特に重要である。
さらに、従業員が妊娠期間を通じて、どのような種類のサポートを必要としているのかについて、マネージャーは従業員と率直な対話を持ち続けることも重要である。マネージャーの善意で、妊娠中の従業員の仕事量を減らそうとする場合があるが、それが本人の希望とは限らない。仕事量が減れば、意図せぬストレスを生じさせるだけでなく、それを屈辱だ、あるいは差別だと受け止める従業員がいることも理解しておくべきである。率直な対話を継続すると、従業員は自分のニーズを素直に伝えることができ、インクルーシブな組織文化を育むことにもつながる。
最後に
妊娠は、健康のあらゆる側面に影響を与える。定期的な妊婦健診のほかにも、妊娠中の従業員は複数の診療科を受診しなければならないことも多い。会社としては、多様な制度によって、新生児と従業員の健康にも十分に配慮していかなければならない。
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