<酒井世津子社会保険労務士事務所 酒井世津子/PSR会員>
2022年4月1日から中小企業も改正労働施策総合推進法(通称:パワハラ防止法)の対象となり、全ての企業にハラスメント相談窓口の設置や研修の実施などが義務付けられました。実務では、「加害者側のヒアリングが非常に難しい」という声を多く聞きます。前回のコラムではハラスメント被害者の効果的なヒアリングについて解説しました。今回は続編として、「ハラスメントを行っているとされた対象者(加害者)」や「第三者」に対するヒアリングの注意点、効果的な進め方のポイントを解説します。
参考サイト 厚生労働省 働く人のメンタルヘルス・ポータルサイトこころの耳
あかるい職場応援団
https://www.no-harassment.mhlw.go.jp/
「被害者のヒアリングよりも慎重な対応が必要であること」を前提に実施することがポイントです
被害者のヒアリングを実施して状況を把握した後、事案の加害者、場合によっては第三者に対してのヒアリングに進むことになります。実務面から筆者は「被害者の対応よりも、加害者や第三者の接し方が格段に難しい」と実感することが多く、慎重さや柔軟な姿勢が求められると考えています。
理由として「加害者側にハラスメントを行っている自覚がない」というケースが非常に多く、次に、「対象者が以前からハラスメント行為を繰り返しており、再三の注意を受けているが改善されない事例も多いこと」、第三者の場合は「巻き込まれたくない為、発言は控えたい等の非協力的な対応が多いこと」が挙げられます。
円滑なヒアリングのために、必ず注意する項目から説明します。
被害者に対する内容と同様ですが、
①内容の秘密厳守を徹底すること
②当事者のプライバシーを尊重すること
③当事者や関係者に対して日頃の先入観などがあったとしても、一旦、それらを払拭して面談に応じること
④公平な視点で対応し、丁寧に傾聴する姿勢を心掛けること
この4点は、企業と従業員の信頼関係の為にも絶対に徹底しなければなりません。
次に、「加害者側・第三者対応の注意点」を詳しく挙げていきます。
①「ハラスメントを行っていますね?」等、ストレートな表現で加害者に伝達することは控えましょう。相談窓口や責任者からの連絡で、加害者は、今回のヒアリングがハラスメント事案であることに気付きます。相手が警戒する・反発することも想定の上で、婉曲的な表現や柔軟なコミュニケーションを心掛ける必要があります。
「確認したいことがあるのでご協力をお願いします」などの柔らかい表現を工夫してみると効果的です。
②加害者にハラスメント行為の自覚がない場合、ヒアリングを拒否されるケースがあります。また、ハラスメント行為を繰り返している対象者の場合は、「必要な指導の範疇ですからハラスメントではありません」などの反論理由で、同様に拒否されることもあります。
その場合は、「早急に確認したい重要な内容があります。何月何日、この時間帯に話し合いの場を設けたいと考えています。上司の〇〇部長に話し合いの結果報告が必要な事案です」と、当初よりは少し強めの表現で伝達を行い、役職者や上司の協力も得る体制を整備する等を考慮して、スケジュール調整を進めてみましょう。
③被害者のヒアリングと同様ですが、ヒアリングは必ず個室で行います。「他者から見えない・聞こえない」という環境設定で対象者のプライバシーに配慮することが重要です。
④「第三者にハラスメント事案を確認する必要があると判断した場合」には、必ず被害者の承諾を得てから、第三者へのヒアリング準備を進めます。
その際、被害者の意思を確認した上で慎重に対応する必要があります。例えば、被害者から「数名いる第三者のうち、この人に確認をお願いしたい。」と言った要望があれば、本人の意向を尊重しながら調整していきます。
⑤加害者に対して、「今回のヒアリングのみで、企業側が直ちに事実の認定や判断はしないこと」「企業側が早急に何らかの人事権を行使する訳ではないこと」等を説明します。あくまでも、ヒアリングの目的は客観的な事実関係を把握することであって、早急な結論を出すわけではないことを加害者や第三者に説明し、質問に回答して貰うことを心掛けましょう。
以上の5点に注意しながら、慎重にヒアリングの準備を行っていきます。
加害者に対して、客観的な事実関係を確認するための「効果的なヒアリング方法」とは?
無自覚の加害者は、「指導の範疇」「セクハラとは大袈裟。コミュニケーションの一環」「ハラスメント行為は行ってはいない」という反応で事実関係を否定することも多く、話し合いの場が感情的な雰囲気になることも少なくありません。
しかし、企業側がハラスメント事案を公正に判断して解決に繋げる為には、加害者や第三者から出来るだけ詳しく話を聞く機会は非常に重要です。
効果的なヒアリングのポイントとして、次の5つの項目を挙げておきます。
①話を丁寧に聴く。
②加害者だけに問題があるような発言は絶対にしない。
(例 「あなたは以前からパワハラの事実がありますね」「またですか?」「皆から聞いています」等の発言はNG)
③加害者が無自覚な事例では、「なぜハラスメントに該当しないと考えていますか?」と理由を質問し、返答を丁寧に傾聴する。
一例ですが、「ミスが酷い為にきつく𠮟った」「馴れ馴れしいと判断されたかもしれないがセクハラの域ではないと思う」等の主張があれば、当時の状況を詳しく説明して貰い、加害者の言い分を丁寧に傾聴します。
④ 実施の際は2名体制として、1名が質問対応、もう1名がメモを取る書記を担当する等の工夫も必要です。
⑤ 1回のヒアリングに要する時間の目安は、1~2時間程度が一般的だと思いますが、さらに確認が必要な場合は、再度の日程を加える検討もしながら、加害者の言い分を丁寧に聞き取りましょう。
正確で詳しい聞き取り内容が出揃った上で、被害者の主張、加害者の主張や第三者の話を企業側で照らし合わせた結果、「ハラスメント行為の有無」「ハラスメント行為が有ると認められる場合に、いつから、どの様に発生しているのか」という状況を把握することが出来ます。
総括になりますが、ヒアリングの最大の目的は、「ハラスメント行為の有無」「ハラスメントの程度」「客観的な事実関係」を企業側が把握することです。
状況が具体的に見えて来ると、「加害者への指導方法」「改善、対策、再発防止」に繋げることが可能になります。
慎重な進行と工夫のもとでヒアリングを実施してみてください。本コラムが解決の一助になれば幸いです。
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