【専門家コラム】長時間労働はなぜいけないのか?~企業・個人に睡眠不足がもたらす悪影響

公開日:2025年1月15日

 

長時間労働はなぜいけないのか?~企業・個人に睡眠不足がもたらす悪影響


<合同会社DB-SeeD 代表社員 神田橋宏治>

 

いわゆる過労死ラインと呼ばれる法定外労働時間のことはご存じの方が多いと思います。1か月で100時間、2~6ヶ月平均で月80時間の法定外労働(残業)のことで、2006年に定められました。

この時間を超えて残業した方が心筋梗塞や脳卒中を起こした場合、労災と認められる可能性が高くなります。

ところで、長時間労働はこの様な健康被害だけでなく、睡眠不足の原因となることで会社の大きな損失につながっていることはご存じですか。今回は睡眠時間についてのお話です。

過労死ラインの根拠とは?

この80時間とか100時間という数字はどうやって決まったかというと、実は、月80時間は一日6時間の睡眠時間が確保できるように、100時間は一日5時間の睡眠が確保できるようにと算出した数字なのです。

ただし、この時に算入している通勤時間は一日1時間強、つまり片道40分程度です。もっと長い通勤時間の人はざらにいます。ということは、残業月80時間では到底一日6時間の睡眠はとれません。

一日6時間の睡眠時間とはどのようなものなのでしょうか。

風邪のウイルスを健康な被験者の鼻の中に塗るという実験があります。その結果、睡眠時間が6時間以下の被験者は、7時間より長い被験者に比べて、風邪にかかる危険が明らかに増えました。

また、長時間労働はうつ状態に陥るリスクを増やしますが、6時間の睡眠を確保できていた場合は長時間労働をしてもうつ状態になるリスクを増やさないという報告もあります。

このような研究結果から、6時間睡眠は最低限のレベルと言え、理想は7時間の睡眠時間を確保できるといいでしょう。

2019年には、より確実に睡眠時間が確保できるよう、終業から始業までの時間(勤務間インターバル)を9時間以上にするという努力義務が企業に課せられました。

さらに言うと、2006年当時共働き世帯は53%でしたが、2023年は71%と増加しています(※)。

二人ともが正規労働者である場合、家事・育児に割く時間は、パートナー男性と比べて女性の方がはるかに多いこともわかっています。女性が睡眠時間を確保することは男性に比べて難しい面があると言えます。

※データ出典:独立行政法人労働政策研究・研修機構「早わかり グラフでみる長期労働統計 図12専業主婦世帯と共働き世帯(1980~2023年)

 

長時間労働は生産性の低下とミスの誘発につながる

適切な睡眠時間が確保できないことは、本人の健康被害だけなく会社の生産性にも悪影響を及ぼすことがわかっています。

例えば28時間寝ていないときのミスの多さは飲酒したとき並みであるという研究があります。また、一日4~6時間睡眠を続けさせた実験では、日数がたつごとに作業効率は落ちていき、しかも恐ろしいことにそれを本人は自覚できないという研究もあります。

このように睡眠時間というのは労働生産性の低下やミスの多さにも関わる数字なのです。

ところで「自分はショートスリーパーだから大丈夫」と言う人がいます。

ショートスリーパーというのは一日6時間未満の睡眠でも平気で働き、しかも生産性の落ちない人たちのことです。

一説によるとレオナルド・ダ・ヴィンチは3時間45分起きて働き15分眠るのを続けていた、つまり一日90分睡眠だったという話です。

しかし、これも実験がされており普通の人には無理だという結論になっています。

日本の睡眠学の権威である柳沢正史先生によると、真正のショートスリーパーはおそらく数百人に一人であり、遺伝子レベルで決まっているため、自分でショートスリーパーだと思っている人のほとんどはただの睡眠不足だそうです(NHKアカデミア 第17回<睡眠学者 柳沢正史>①)。

さて以上のことからも、長時間労働は、

睡眠が足りているかどうかを判断するポイントとは?

  1. ミスを誘発するので労災が起きやすくなる
  2. かえって労働生産性を下げる
  3. にもかかわらず、高い割増賃金を払っている

というように、企業にとても大きな損失を負わせているということになります。

 

睡眠が足りているかどうかを判断するポイントとは?

体動などから睡眠時間を実測するスマホアプリがあります。

しかし、これには大きな問題あります。それは、スマートフォンを枕元に置くと睡眠の量や質が下がることが知られていることです。

枕元どころか寝室にあるだけでも睡眠に悪い影響を与えるという研究結果さえあります。

また、技術的には企業が従業員の睡眠時間を測定することは可能ですが、健康のためには仕事とプライベートは分ける方がいいとされているため、はたして企業がプライベートな睡眠時間の管理をするのが適切なのだろうか、という問題があります。

筆者は産業医として面談する際、次の3つのポイントから睡眠不足であるかどうかを判断しています。

まず平日起きた時にすっきりしているかどうかです。すっきりしているなら十分な睡眠が取れている可能性が高いです。

次に休日の起床時間です。これが平日より2時間以上遅い場合は平日の睡眠時間が足りていない可能性があります。いわゆる「睡眠負債」を休日に返しているのです。

3つ目は居眠りをすることがあるかどうかです。昼食後の血糖値が上がる時間帯を除いて、睡眠時間が足りていれば居眠りはしようと思ってもできません。

睡眠不足、そしてその主な原因である長時間労働は、労働者にも会社にも幸せをもたらしません。

企業が生き残っていくためにも適切な労働時間管理が求められます。

 

プロフィール

神田橋宏治
合同会社DB-SeeD(https://db-seed.com/)代表社員
労働衛生コンサルタント、日本医師会認定産業医、建築物環境衛生管理技術者
1999年東京大学医学部医学科卒業。東京大学医学部附属病院助教などを経て、2011年4月から医療法人社団仁泉会としま昭和病院内科医として勤務。2015年に産業医事業を中心業務とする合同会社DB-SeeDを設立。2018年11月~現在 日本産業衛生学会代議員
2024年11月、介護個別周知&情報提供用冊子『働くあなたを守る 仕事と介護 両立サポートBOOK』(発行:㈱ブレインコンサルティングオフィス)執筆


 

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