【専門家コラム】カスハラの判例から考える「部下へのクレームに対し、管理職がとるべき行動」とは

公開日:2024年10月11日

 

 

カスハラの判例から考える「部下へのクレームに対し、管理職がとるべき行動」とは


<榎本・藤本・安藤総合法律事務所 弁護士・中小企業診断士 佐久間 大輔>

 

顧客や取引先からのクレームは企業のコントロールの範囲外で起こるものであり、それだけでは直ちに使用者が安全配慮義務を負うわけではない。

しかし、クレームにより労働者の就業環境が害されるに至った場合は、カスタマーハラスメントに発展するという変化が生じているので、その変化に応じた安全配慮義務が発生する。

裁判所が使用者に対して被災労働者への賠償命令を言い渡したのであれば、それは企業の失敗事例ということだ。そこで、判決を題材にクレーム発生時の対応方法を検証する。

 

管理職の誤った対応が部下の強い心理的負荷に

甲府市・山梨県(市立小学校教諭)事件・甲府地裁平成30年11月13日判決は、50代男性の小学校教諭が、担任学級に所属する児童宅を訪問した際に飼育されている甲斐犬に咬まれ、約2週間の加療を要する傷害を負った事故(犬咬み事故)の後に、校長より保護者への謝罪を強要されたことを理由にうつ病を発病して休業した事案につき、地方公共団体に対して296万円の賠償命令を言い渡した。

上司がクレーム発生中に誤った対応をしたり、部下に単独対応させたりすることは、労働者に強い心理的負荷を与えることになる。

同事件は、厚生労働省「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」(17頁)にも紹介されているが、記述が簡潔であるので、失敗事例として教訓にすべき点を詳述することとする。

 

<失敗1>根拠なく部下を非難

事故翌日の夜、教諭が電話で児童の母に「賠償保険という保険に入っていたら、使わせていただきたい」などと話したところ、事故の3日後、児童の父が校長に電話を掛け、教諭の母に対する電話での話が脅迫めいており、校長を交えて話がしたいと申し入れてきた。

これを受け、校長は教諭から事実経過の報告を受けると、教諭が児童の母に対して「賠償」という言葉を使ったことなどを非難した。

甲府地裁判決は、「原告は、犬咬み事故に関しては、全くの被害者であり、被害に遭ったことについて原告に何らかの過失があったともいえ(ず)」、「原告が本件犬の占有者・管理者としての本件児童の保護者に対して犬咬み事故による損害の賠償を求めたとしても、権利の行使として何ら非難されるべきことではない」と指摘した。

その上で、「校長は、原告を一方的に非難したものであって、この行為は、原告に対し、職務上の優位性を背景に、職務上の指導等として社会通念上許容される範囲を逸脱し、多大な精神的苦痛を与えた」と判断した。

この判決からは、安全配慮義務として、クレーム発生について過失のない部下を一方的に非難しない義務が導かれる。

管理職として望ましい対応については、負傷した教諭に対応させるのではなく、校長が保護者に連絡するか、少なくとも校長と教諭が連絡内容を協議した上で、学校において校長の立会いの下、教諭が保護者に連絡するべきであった。

事故翌日の時点で校長が介入しなかったとしても安全配慮義務違反とまで直ちに評価されることはないが、早期介入しなかったことが事態の悪化を招いたといえよう。

 

<失敗2>部下の謝罪を黙認・許容

電話の当日、児童の父と祖父、校長と教諭の4者で面談をした。その際、祖父が、「地域の人に教師が損害賠償を求めるとは何事か」などと非難し、「強い言葉を娘に言ったことを謝ってほしい」などとして謝罪を求めた。

これに対し、校長は、児童の母に対する発言に行き過ぎた言葉があったとして教諭に謝罪するよう求めたことから、教諭は、ソファから腰を下ろし、床に膝を着き、頭を下げて謝罪した。

判決は、「客観的にみれば、原告は犬咬み事故の被害者であるにもかかわらず、加害者側である本件児童の父と祖父が原告に怒りを向けて謝罪を求めているのであり、原告には謝罪すべき理由がないのであるから、原告が謝罪することに納得できないことは当然であり、校長は、本件児童の父と祖父の理不尽な要求に対し、事実関係を冷静に判断して的確に対応することなく、その勢いに押され、専らその場を穏便に収めるために安易に行動した」と、校長の言動を非難している。

この判決からは、安全配慮義務として、部下の土下座による謝罪を制止する義務が導かれる。

管理職としては、客観的な立場から保護者のクレームの内容と態様が不相当であり、悪質クレームと認定して、毅然とした態度で賠償を求めたことに対する謝罪を拒否すべきだった。

ましてや土下座による謝罪は社会通念上相当な範囲を超えているので、部下の行動を止めるのが通常であろう。

 

<失敗3> 単独対応を指示

校長は、児童の父と祖父が帰った後、教諭に対し、「会ってもらえなくとも、明日、朝行って謝ってこい」と言い、翌日に児童宅を訪問し、児童の母に謝罪するよう指示した。

校長は、教諭が土下座をすることを黙認・許容しながら、理不尽な要求をする保護者宅に教諭一人で訪問させようとしたのであり、これがクレームの解決に資するのかは不明であって、逆に教諭を精神的に追い込むことになった。

判決も、「(校長の)行為は、原告に対し、職務上の優越性を背景とし、職務上の指導等として社会通念上許容される範囲を明らかに逸脱したものであり、原告の自尊心を傷つけ、多大な精神的苦痛を与えた」と判断している。

この判決からは、安全配慮義務として、顧客宅を複数で訪問して謝罪等の対応をするよう指示する義務が導かれる。

「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」(令和2年1月15日厚生労働省告示5号)は、他の事業主の雇用する労働者等からのハラスメントや顧客等からの迷惑行為について相談体制や被害者への配慮のための取組を求めているが、取組例として「著しい迷惑行為を行ったものに対する対応が必要な場合に一人で対応させない」ことを挙げている。

指針に列挙されている雇用管理措置は安全配慮義務の具体的内容になり得るので、企業の実情に応じた取組をすることが求められる。

 

プロフィール

佐久間 大輔
榎本・藤本・安藤総合法律事務所 弁護士・中小企業診断士
1993年中央大学法学部卒業。1997年東京弁護士会登録。2022年中小企業診断士登録。2024年榎本・藤本・安藤総合法律事務所参画。近年はメンタルヘルス対策やハラスメント対策など予防法務に注力している。日本産業保健法学会所属。
著書は『管理監督者・人事労務担当者・産業医のための労働災害リスクマネジメントの実務』(日本法令)、『過労死時代に求められる信頼構築型の企業経営と健康な働き方』(労働開発研究会)など多数。
DVD「カスタマー・ハラスメントから企業と従業員を守る!~顧客からクレームを受けたときの適切な対応とは~」、「パワハラ発生!そのとき人事担当者はどう対処する?-パワーハラスメントにおけるリスクマネジメント」も好評発売中。
 
公式ウェブサイト「企業のためのメンタルヘルス対策室/事業承継支援相談室」

 

 

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